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勇者か召喚士か?


 とある木の根元にうずくまる人物が二人。


 一人は、降りかかった現実に泣く少年。

 もう一人は、泣かせてしまったと項垂れる女神。 


 めんどくさい時間は小一時間も続き、どうしたものかと女神様がまた狼狽え始めて、悠登はどうにか涙を止めた。真っ赤にはらした目元でもって隣の女神を窺うと、おーよしよしと頭を撫でられる。


「落ち着きましたか?」


 ふんわりとヴェールをかけるような声に、悠登はこっくりと頷いた。途端に女神は微笑みを浮かべるも、そこにはほぅと聞こえそうな安堵が見え隠れ。


「私はアシュティーナと申しますの。貴方のお名前をお聞きしてよろしいですか?」


「朝霧悠登。ユウトでいいよ」


 目を合わせてゆったりと語り掛けてくる女神アシュティーナ。その対応はまるで幼子を相手にしているかのようだが、実際にわんわん泣いていたのだから悠登に文句を言う権利はなさそうだ。


 さて、アシュティーナはすっかり元気を取り戻したらしい。今度は人懐っこい笑みを見せ、両手をパンと合わせて、


「さぁユウト、聞かせてくださいまし。何か困っていたのでしょう?」


 自信たっぷり女神さま。

 対して悠登は苦笑い。


 どんとこい、と彼女は胸を張っているが、果たして異世界転移をどう相談したものか。


「えーーっと、そのぉ……」


「そう遠慮なさらず。私に出来ることでしたら、なんでも仰ってください!」


 ますます言い出しにくい。

 というより、なんでも仰ったらどうするのだろう。出来ることなら全部叶える気だろうか。いやはや異世界はとんでもないところである。


 ――アシュティーナが緩いだけであろうが。


 女神様がじりじりと迫ってくる。まぁ聞くだけ聞いてみるのもいいかもしれない。


 元より一切の情報を持たない身では、どんなモノであろうと貴重でしかないのだから。


「じゃあ、元の世界(・・・・)に戻りたい」


 アシュティーナの首がこてんと転がる。


「元の世界、ですか? それは故郷ということでしょうか」


「いや、たぶん異世界」


「たぶん?」


「うん。たぶん」


「たぶん? 異世界? え、異世界っ!?」


 悠登が答えるたびに左へ右へと首を傾けて、アシュティーナの瞳は次第に上向いていった。長いまつげを何度も上下させて、ようやく単語が頭に入ってきたのか、彼女は瞳を見開き勢いよく顔を寄せてきた。


「い、異世界からいらっしゃったのですか?」


「うん、まぁたぶんなんだけど。てか近い」


「ちょっと失礼しますわ」


 真剣な眼差しに変わった彼女は悠登の右手を取ると、自分の手も重ねてその豊かな胸元へ。次いで念じるように瞼を閉じた彼女は、ピクリとも動かなくなってしまった。


 懸命な様子の女神だが、


(え、何してんの!? 何してんのちょっと!)


 悠登は全身真っ赤っか。何故かというと、



 アシュティーナの胸部は上半分ほどが衣服より露出している。

 そうして今、悠登の手は下半分ほどがある谷間に挟まっていて――



(落ち着け、大きいマシュマロだ。大きいマシュマロが二つで、だから、だからマシュマロで?)


 大変に柔らかな感触から逃れようと、別の事で思考を満たすのに躍起になる。


 けれども巡り廻って戻ってくる思考。

 必死に煩悩を払おうと頭を振り、頬をつねり、


(早くっ! お願いだからマジで! てか、まさかだけど俺の考え筒抜けになってたりしないよね? 邪な思考を感じられたり――あぁ女神様、俺は何も、決して変な考えはしてませんから、してませんからぁ!)


 残念ながら心臓の脈打ちを止められない。じっとりと変な汗が全身からにじみ出る。もう思考を読まれずともバレているのではないか。


 悠登の願いに応えることなく、すっと瞼を開いたアシュティーナは状況を維持したままうつむき加減で独り言つ。



「……体内にエレメントが見当たりませんわ。それに勇者召喚・・・・の痕跡――でも、こんな中途半端な痕跡はどういうことでしょう」


「中途半端!?」


 その呟きは容易に煩悩を吹っ飛ばした。



「――次元の神ジャールの加護はあるのに、女神イリスの加護はない?」


「ちょ、俺にもわかるように言ってくれ!」


 堪らず彼女の肩を左手で掴んで大きく揺さぶる。



「えぇと、ユウトはどうやら勇者召喚で異世界から来たようです?」


「うん。それは十分察してた。中途半端ってとこなんだけど」



 悠登は熱を持った瞳でアシュティーナを見つめる。その瞳を彼女は受け止めながらしばし黙考したあと、怪訝に眉をひそめて口を開いた。


「ユウトには、次元を渡る際の加護はあるのですが、勇者召喚で肝心の勇者としての加護がないのです。それにどうしてここに? 勇者として召喚されたなら、陣のある場に出るはずですのに。そもこの辺りに人の国はないのですが……」


 アシュティーナが口ごもる頃には、悠登も怪訝に表情を歪めていた。


 どうにも可笑しな状態らしい。


「勇者召喚だってのは確実なのか?」


「はい。次元の神は2柱いまして、神ジャールは勇者召喚にのみ関与しますの」


「じゃあやっぱり、失敗?」


「うーん、勇者の加護がないのは気にかかります。つまり、わかりません!」


 元気良く強調しないで欲しい。


「あ、ただ……」


「ただ!?」


「今この世界に災いの兆しがあり勇者召喚が行われても不思議ではない、という情報ならありますわ!」


「聞きたくなかったぁあああああっ!」


 真っ当に勇者として召喚されるのもお断りだが、勇者の力なく災いに遭うのであれば、喜んで勇者になってやったかもしれないではないか。



 悠登は女神に願う。


「とりあえず、泣いていい?」


「心中お察しいたしますわ。ささ、どうぞ!」


 先ほどは真っ赤になったが、もうそれどころではない。


 悠登は素直にアシュティーナの懐へ。愛おし気に抱きしめられて、頭や背を撫でられて。彼女と出会い頭に泣いた時と比べればそこまで辛い訳でもなかったのに、結局わんわん泣く羽目になった。



 

――☆――




 静かな水面から時折立つ水しぶきを視界に入れつつ、悠登は地べたに寝っ転がって不貞腐れていた。


「あー、ほんとないわぁ~」


 漏れるのは具体性のない愚痴ばかり。アシュティーナにはしばらく放っておいてくれと頼んだため、泉で湖面を揺らし、水を操って戯れている彼女の姿をただ漠然と眺めていた。


 宙をくるくると回る水の玉。アシュティーナの周りにいくつも浮かぶそれは、意思を持つかのように振舞っている。


「これからどうするかなぁ」


 重たい身体を持ち上げて、姿勢の悪い胡坐をかく。


 悠登を取り巻く状況は、結局なにもわからない。アシュティーナに言わせれば、ただ失敗したにしても奇異であるという。


「やはり人の街へ行かれるべきですわ。これからどうするのかを定めるためにも」


 なるほど女神の導きとは正しいものだ。

 まぁそれ以外にないのだけれど。


「そうなんだけどさ。異世界の街がどんな所なのかなぁって」


「心配なさらずとも大丈夫ですわ。神ジャールの加護で言語はわかるのです。異世界だろうと人の街、なんとかなりますわ!」


 宙をふよふよと漂いながら彼女は近づいてくる。発言内容はひどく具体性に欠けるも、ニコニコ疑いを知らぬ笑顔と元気の良さ。正面の宙に座った彼女に、悠登も半ば諦めの境地で頷いた。


「ま、今は次元の神に感謝しとくかね」


 悠登に与えられた加護。

 つまりは次元の神ジャールの加護だが、あちらとこちらの環境の齟齬をなくす類のようだ。それは、言語だけでなく気温やらも加味してくれるらしい。


 どうせなら、神や悪魔、惑星関連も引き継いでくれれば良かったのだが。


 また諦めのため息を吐きかける。いかんいかんと両手で頬を挟むように叩き前を向くと、正直に座る女神は何やら虚空を見つめていた。


「そういえば、異世界の魔法は初めてみましたけれど、一つだけ効果が現れていませんでしたよね? 推察するに、その魔法の発動は大きな意味を持っていたようですが、一体どういった魔法だったのですか?」


 なるほど悠登の魔術を思い返していたらしい。


 質問を投げると同時に姿勢を戻したアシュティーナ。強い好奇心で煌めく蒼の瞳が、今か今かと答えを待っているかのようだ。


 さてここに来て使った魔術といえば、木から降りる際の浮遊、世界を調べようとした照応、そして――


「あぁ、悪魔召喚・・・・だよ」


「ぁあくまぁあああああああああっ!?」


 けろっと言ってのけた悠登。


 というより、至極当然のこと故にあまり深く考えていなかっただけの発言は、女神が一目散に逃げだすほどの効果を帯びていた。


 びゅーん、レーシングカーの効果音よろしく水面を駆け、泉の対岸へ渡るとその付近の茂みに飛び込み、女神は鬼を見るような目で悠登を窺い始める。


「落ち着けって。悪魔とは言っても俺の世界の精霊の一種なんだ。予め契約を結んであるし、勝手に悪事を働いたりしない。力を借りようとしただけで、悪いことに使うつもりもな――」


「なんだそうでしたの! ユウトの使役精霊でしたら安心ですわね!」


「……う、うん」

 

 誤解を解こうと説明を始めるも、言い終わらぬ内に戻ってきたアシュティーナ。宙であることは同じなのだが、ドサッと聞こえそうな勢いでおすわりをし、天真爛漫な笑顔が輝かしい。


 送られてくる謎の信頼が謎でしかないが。


「ま、まぁ呼び出せなかったけどさ。パスが切れちゃって」


「……私たち霊は世界に付随します。世界間が常に通じているなら、呼び込むことも可能でしょうが……」


 困惑を道化で誤魔化そうとした悠登だったが、一変して憂い顔を見せ、しゅんとしょぼくれる女神。


「そんな顔すんなって。世界は閉ざされた、どうしようもないんだから」


「でも、ユウトは寂しいと泣いていましたわ」


「……え、わかるの?」



「大まかな感情であれば。先ほどは私の胸部になにやら意識を集めておられましたね?」


「そ、その、それは(ぁあああああああああっ!)」



 大まかであろうとなかろうと、


 あるカテゴリーの感情は抱いただけで即アウトではないか。



 ただ固まった悠登に、女神はおちゃめな表情でくすくすと笑う。どうやら大したことではないらしく、これぞ女神の余裕というものなのかもしれない。


「悪魔と驚きましたが、大事な精霊だったのですね」


 この状態で先を続けるのか。


 気まずくてアシュティーナを直視出来ない悠登は、わかりやすくそっぽを向いた。


「そりゃあ、先祖代々受け継いできた霊たちで、子供のころから一緒にいたんだ。……まぁソロモンの子孫だからってだけなんだろうけどさ」


 色々と卑屈になりながらも、悠登はペンダントの五芒星を指でなぞる。そして自嘲気味に笑うと、視界にアシュティーナが入り込んできた。


「いつまでも不貞腐れていてはいけません。帰還が叶えばまた会えましょう。先祖に由来する霊なのならば、それまではユウトが自分で精霊を集めてみてはいかがです?」


 思ってもみなかった言葉。


「ユウトを真の主とする者ですわ。この世界にも精霊、悪魔はいるのです。その中にはユウトに力を貸す者もいるはず。いえ、きっといますわ!」


「俺が集める?」


 泉の女神はさも当然のように聞く。


「ユウトは召喚士サマナーなのでしょう?」


 どうやら彼女は、これまでの話から悠登を召喚士と判じたらしい。



 元の世界では、言うなれば開拓は終わっていた。

 悪魔も天使も、見つかっていない者はおらず、且つそのほとんどを悠登は既に召喚してしまっていた。



「召喚士か――――うん、そうだよ」


 明るい女神に合わせて、悠登はようやく明るい笑顔を見せた。



会話ばかりになってしまいました。

次も戯れてますが…アシュティーナが怒ったりなんだり

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