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ただの転移だと思ったら


 目が覚めるとそこは木の上だった。と言えればまだ格好がつくんだろうか。


 気付けば悠登(ゆうと)は木に引っかかっていた。詳しく状況を語れば、太くてそれは立派な枝に、洗濯物のように腹をかけてぶら下がっている。いやはや、どうしてこうなったのか。


(あっぶねぇ、死ぬとこだったかも……)


 現実逃避したい理由はまだある。悠登は最初から枝に乗っかっていたのではなく、更に上から落っこちてきたのだ。ではどこから落ちてきたのかというと、お空としか言えず高度は――まるでわからない。


(ていうか、まだ高いんですけどっ!)


 やっと現実と向き合い始めた悠登が見下げると、なんと鮮やかな緑が地に広がっているも距離が掴めない。緑はわかるけれど、絨毯よろしくで一つも判別がつかなかった。


「なんでこんな……はぁ、『星辰の書(ステラグリモア)』」


 とりあえずは降りてから。悠登はため息から深く息を吸って、体内の魔力・・を掌握し、内なる魔導書のページを引く。



 朝霧悠登(あさぎりゆうと)は現代の魔法使い。


 俗に現代魔術師と呼ばれる者だ。


 普段は高校一年生として学校に通っているが、日本の魔術師の中でも白魔術の大家とされる朝霧家の長男。生まれながらの魔術師である。


 色白で長めの黒髪に切れ長の黒目。体格は割と小柄な方に入る。周りからは中性的かつミステリアスだと言われるが、親しい友人からは残念クール系ボーイなどとよくわからない揶揄でからかわれるのが常。


「よっ、と」


 両足それぞれの足首付近に魔法陣が出現し、それを確認した悠登は何の躊躇もなく枝から身を投げた。緩やかに降下しながら、降り立つのにちょうど良さそうな場所を探して、ふうわりふわりと宙を漂う。

 やがて見つけたのは、泉の縁に広がる少しばかりひらけたところ。波がほとんど立たず時間の経過を感じさせない泉のそばで、両足を落ち着けた悠登は豪快に背伸びや首を回してと、微塵も空気を読みやしない。


「うーん、ここどこだ?」


 ぐるりと辺りを見回し不思議に首を傾けていく。この場に心当たりなんて欠片もないし、まぁある方がおかしい。なんせ知らぬお空から落ちてきたのだもの。しかしてそれは、


(強制転移?)


 お空お空というが、悠登が空にいたこともひどく唐突なことで、学校帰りに家路を歩いていたら見慣れぬ魔法陣で飛ばされてきたのだった。それにしても着地ではなく着空とはいかがなものか。


 悠登は今一度辺りに気を配る。

 静謐な泉、生い茂る見たことも無い草花、呆れるほどの背丈を持つ木々。


 しかし、人の気配は微塵もない。


(妙なとこ……にしても、飛ばすだけ飛ばして何もしてこないなんて、何が目的だ? まぁこれから仕掛けてくるのか、も――うん。さっさと出よう)


 転移の際に魔法陣があったのだから、誰かの仕業であることは確定といってもいい。


 今の時代、魔術師が弾圧を受けることはない。

 魔女裁判などは昔の話で、魔術と科学は棲み分けされ、一般人には空想の産物としながらも世界の裏であり続けている。どこの魔術組織も表立っての争いは起こさないようにしているが、時折衝突があるのは致し方ないことだ。

 それは術の正悪ではなく、ただの権力闘争に近いのだから。


 さて、相手の用意した場に居続ける必要なんて問うまでもない。早速と取り掛かるのは帰還の準備。


 高校の制服であるブレザーの襟を緩め、首元からシャツのなかに突っ込んだ手が引っ張りだしたのは、金属製のペンダント。そのペンダントに下がっているのは、輪の中に星型を模ったいわゆる五芒星(ペンタクル)。またチェーンには古臭い指輪が通されている。

 悠登はペンダントから外した指輪を右の人差し指にはめ、その腕を真っ直ぐ前へと伸ばす。左手は手刀を成して、見えるように握った五芒星を掲げ、厳かに口を開いた。


「Venite, per hoc prasens Pentaculum.

(我がペンタクルにおいて汝を召喚す)

 Atque debeatis adimplere, quia vobis impero.

(汝すみやかに従いて我が願いを聞き届けよ)

 Venite Bathin.Imperat vobis nomen salomon.

(来たれバティン、我らがソロモンの名において)」


 執り行うは()()()()の簡易儀式。 

 悪魔を呼び出すそれは厳然とした黒魔術。


「――あれ?」


 悠登は、朝霧の家に流れる血以外に、ある特異な血を持っていた。

 それは古代イスラエルの王にして、72の魔神(悪魔)を従えたソロモンの血統。祖母はそのソロモンの末裔であり、悠登は白魔術と黒魔術の双方の血を継ぐクォーター。


 つまりは悪魔召喚のエキスパートなのだが、


「も、もう一度……」


 悪魔が召喚に応じない。

 いや、まるっきり反応がない。


 悠登が突き出した腕の先で、直径30センチくらいの小さい魔法陣がくるくると回っている。それは悠登の魔力で満たされ一部の隙もなく発光しているのに、くるくると回るだけ。その動きが意味するのは、相手が見つからないという、ローディングが終わらないあれ。


「バティン! おーい!」


 画面に叫んだって変わらないように、名前を呼んだってどうにもならないのだけれど、もう呼ぶほかがない。

 悠登が召喚しようとしているバティンは、72いる内の18番目の悪魔で、なんと人を一瞬で別の場所へ運ぶ能力がある。いわゆる、転移魔術の悪魔バージョンだ。


 こいつが来てくれなければ……どうなるのか?


「嘘……召喚出来ないんだけど」


 齢15にして72柱全ての悪魔と契約を果たし、陰ながら神童と呼ばれる少年はいま、



 ――――半ベソになっていた。



 これぞ悠登が残念と評される所以。

 いやそんなことはどうでもいい。バティンが現れない、召喚魔術が機能しないのだ。


 必死になって原因を探す悠登の目尻に、ちょっとずつ光るものが集まる。時折それを手で払いながら、嗚咽を洩らすのを我慢しながら、


(パスが切れてる。それも、72柱すべて)


 流石に悪魔との繋がり(パス)がないのでは、何をどう頑張っても呼び出すことは出来ない。しかし、パスとは契約を交わした時より生涯付きまとうと言ってもいいものだ。


「まさか隔絶されたっ!?」


 隔離程度ではない、完全に世界を分かたれてしまったならば。なるほど、悠登に転移魔術を仕掛けた者は今頃ほくそ笑んでいるのだろう。


(くそっ! どうする……)


 泣くのはどうにか堪えた。

 悪魔が呼び出せないとなれば朝霧の魔術だが、隔絶された空間とわかれば移動に関する魔術は意味を成さないだろう。考えるべきはこの空間そのものの打破だ。

 となればまずは空間について調べるのが先決である。悠登は地面にしゃがみ、大地に手のひらをべったりと押し付けた。


「Correspondances(照応)」


 行うのは解析魔術。己を通じて世界を知る。



 そうしてやっと、やっと悠登は認識した。


「ん、んん? なんだこれ、魔力マナが物質化してる? 物質の構成分子に、マナが混じってる! 地面も水も木もっなんだこれ!?」


 魔力とは、不可思議を生み出す、不可能を可能とする、神秘のエネルギー。それらは全てのモノに内包され、生命力と共に流れている。

 であるはずの魔力が、ここではエネルギーと物質の両方を持ち合わせる半物質。周りのもの全てに魔力が混ざり込み、絞れば魔力ジュースが出来そうだ。さてさて、こんな異常な場所が、地球上に存在するのか?


「――異世界?」


 無意識に呟いた単語。それはどうにも聞き覚えがあった。つい最近、いや今日の昼休みに友人がハマっている小説がある、とそれは楽しそうに話していたのだ。


 曰く、異世界転移というジャンル。


 よーく頭を捻って自分の身に起きたことを振り返ってみる。学校帰り、何の前触れもなく現れた魔法陣――そうだ、魔法陣。描かれた図案は見たこともないもので、走るスペルもまた知らない言語だった。


(どうしよう……)


「どうしよう!」


 この仮説なら全ての辻褄が合う。物質の構成要素も、()()()()()()な木や草花も、召喚の失敗も。

 悪魔は霊的な存在だけれど、流石に世界は越えられない。



 しかしながら、腑に落ちない点が一つ。


 ――周囲には人っ子一人いない。



 友人の話では、異世界の者たちが勇者を召喚するのだとか。まったく現代の召喚術士が召喚されるとは可笑しな話だ――ではなくて、勇者として呼ばれたのなら、呼んだ側の者たちがいるはずだ。

 いや、そもそも、あの着空は一体どうしたのか。


「え、もしかして()()したとか言わないよね?」


 召喚に失敗したのは悠登もだが、これは比べるに値しないだろう。


「……うぅ、う、ふぇ」


 そろそろ限界である。


 帰れない、悪魔もいない、誰もいない。

 ちょっぴり泣き虫な悠登に、一体どうしろという。


 悠登にとってなにより辛いのは、悪魔たちがいないこと。通常はあり得ないことだが、ソロモンの悪魔たちは悠登が赤ん坊のころから勝手にそばに現れ、見守り子守をし、契約を交わしてからも遊び相手であり、師であり、頼れる力であった。

 胸中を占めるのは、圧倒的な孤独以外にない。


「うっ、ヒック、うぅ――誰か来てよぅ」


 うずくまって幼子のように泣く。

 どうしようもない悠登の呼びかけに、何故か応えが返った。


「はい、わたくしがおりますわ。だからもう泣かないで」


 水面をかすかに揺らしていくような、涼やかな声が響く。その声は悠登の耳元から鳴り、背中が仄かに温かい。何かが、誰かが悠登の背を包んで覆う。

 いないと思っていた人の温もりに、思考をする間もなく悠登は顔をあげた。音のした方へ首を巡らすと、澄んだ美しい蒼の瞳が悠登を見つめ、白く細い指が涙を拭う。


「精霊?」


 ぽつりとこぼした問いに、愛おしそうに微笑む彼女は大らかに頷いた。水の流れを表すような髪をなびかせ、つなぎ目の少ない柔らかな衣を衣装とし、羽織った薄衣から細長い水の帯が何本も宙を舞っている。


「はい! 私は泉の女神、水の精霊にございます!」


 いくらか元気の良さを見せて明るく笑う彼女。その笑顔は女神というより愛らしい少女の印象を与えてくる。

 ぼうっと眺める悠登に、彼女は近くの泉を指して、


「実はずっと様子を見ていた(・・・・・・・・・・)のですが、涙を流しての呼び声に居ても立っても居られず出てまいりました。ですからもう貴方は一人ではありませんわ」


 優しく、儚い割れ物を扱うかのように、優しく女神は悠登の髪をかき上げ撫でつける。


 だが悠登の心に嵐が吹く。


「お困りになられていたご様子ですが、出来る範囲でお手伝いいたしますわ。さぁ、一体どうされたのか教えてくださいまし」


「あの、もうちょっと後でいい?」


「あら私としたことが、落ち着く時間が必要なのですね。では、お膝をお貸ししましょうか?」


「えーっと、一人にしてほしいかな」


 邪険にならないようにしながら、悠登は女神の腕のなかから這い出ると、近くの木の根元に腰掛けた。不思議そうな女神を余所に、悠登はそのまま膝を抱えて泣きにかかる。


「あ、あれれ? お泣きになるのですか? でしたら、そのような木に頼らずとも私が――」


 悠登の真正面にきて、女神は大きく手を広げた。


「さぁ、私の胸でたんとお泣きなさいませ!」


「ぐすっ、いいからあっちいっててよ」


「あれー!?」


 元気のよい女神が気に障る。

 別に彼女が悪いわけではないし、いろいろとお門違いなのだが、あれだけ召喚が成せず孤独に泣いていたところをずっと見ていたという。悠登の腹の内で暴れるのは、先程までの孤独や不安に加えて、単純な恥ずかしさと世の無常に訴えるやるせない憤り。


 召喚術士が術で失敗し泣き言で成功した。呼び出す対象は違えど、悠登のプライドはめちゃめちゃである。


「ふ、ぅ、ふぇええええええ――」


「どうしましょう! 泣かせてしまいました!?」


 泣く少年と慌てふためく女神の構図は、その後しばらく続いた。




お読みいただきありがとうございます。

週1、2の不定期更新です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろいです! また読ませていただきます! [一言] 是非、私のも読んでみてください!
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