信者
昼食を済ませると、午前と同じ場所でエリックは手品の続きを始めた。その頃にはさらに往来の客が増え、エリックの周りには人だかりができるほどになっていた。そのせいもあり、スクーピーに危険が及ぶと思った俺は、おもちゃを買うという口実を付け、上手くスクーピーを人だかりから遠ざける事にした。
「じゃあスクーピー、何が欲しい?」
エイダールもそうだが、最近のおもちゃは思ったよりも高額な事を知っていた俺は、敢えておもちゃ屋を避け、百均なる驚異の店にスクーピーを誘導していた。
この超高度文明を取り入れたエイダールでは、僅かワンコインで様々な高性能な物が購入できる店があった。それがここ、ワンハンドレッドだ。
ここでは生活用品からおもちゃ、食品までと多種多様な物があり、チェーン展開するほどの大きな会社だ。それは正に俺達貧民の為の味方であり、金を必要とする俺達は地獄に仏と崇めたくなるほどお世話になっていた。
正直子供には良い物を与えたいという思いはあった。だがしかし家は貧乏だから、例え天使のスクーピーでも今はそのしきたりに従ってもらうしかなかった。
「何でもいいんだぞ?」
そんな事を言わなくても分かっている賢いスクーピーは、遠慮でもしているのか、おもちゃコーナーへ来てもなかなか選ばない。
「どうしたスクーピー、遠慮しなくてもいいんだぞ?」
本当は欲しいのだろうか、くわえるように指を唇に当て、黙々と棚を見渡す。それがまるで俺達に気を遣っているようで心苦しい。そして遂にはスクーピーはおもちゃコーナーを離れだした。
「どうしたスクーピー?」
エインフェリアは人智を超えた存在。そんな血を引くスクーピーには、百円すら手放せない俺達の財布事情などお見通しなのだろう。だから指をくわえるほど欲しいのに我慢している! そう思い切なくなったのだが、あるコーナーに来た時突然スクーピーの動きが変わった。
「これ!」
「え? これ?」
そこはまさかのパーティーグッズのコーナー! そしてスクーピーが選んだのは何故か真っ白なお面!
これにはさすがにスクーピーのセンスを疑った。しかし当の本人は宝物でも見つけたような顔をしている。
子供というのは何を欲しがるのか分からないと言うが、スクーピーが求める以上手に取るしかなかった。
「本当にこれで良いの?」
「うん!」
一体これの何処に魅力を感じたのかは知らないが、早速お面を渡すとスクーピーは待ちきれなかったのか、突然麦わら帽子と眼鏡を投げ捨て試着を始めた。
「ちょっ! スクーピー!」
余りに油断していた為、スクーピーのこの行動には肝を冷やした。だがすでに時遅しだったようで、慌てて麦わら帽子を被せたときには近くにいた他の人にスクーピーの正体を見られてしまった。
エイダールでは人間以外にもたくさんの種族がいる。しかしほとんどが人間のような姿をしており、今見られた人たちが何の種族か分からない。もし魔族や悪魔がその中にいればかなり危険な状況だった。そこで咄嗟に睨むように眼つきを鋭くさせ「何見てんだよ」的な態度で威嚇した。
するとエリックの奇抜なスーツが役に立ったのか、目が合った全ての人がそそくさと離れて行った。
「こらスクーピー。帽子と眼鏡は取っちゃ駄目だって言ったろ?」
「……うん!」
スクーピーにとってはその理由が分からないようで、そう返事をするとまた帽子を落としてお面を被り出した。しかし嬉しそうにお面を被り俺に見せる姿には勝てず、諦めるしかなかった。
「よし。じゃあエリックの所に戻るか?」
「うん!」
「じゃあスクーピー、一回そのお面頂戴?」
「え~?」
スクーピーここでまさかの拒否! しかし渋々俺にお面を渡すと突然今度は違う面を指さし欲しがったのを見て、スクーピーはまだ買うという事を知らないのだと知った。
「あぁそうか、ごめんスクーピー。これは一回お店の人に言って買わないと駄目なんだよ」
そう言うとスクーピーには理解出来なかったようで、考えるように天井を見つめ、首を二回振った。
「お店はね、欲しい物はお金と取り換えっこしないと駄目なんだよ。だからこのお面をお店の人に見せて、『良いよ』って言ったら一回取り換えっこしないと駄目なんだ」
「……うん!」
取り換えっこは覚えたスクーピーは一生懸命考えたようで、ちょっとフリーズしたが分かったと笑顔を見せてくれた。
「じゃあお店を出たらお面はスクーピーに渡すから、お店を出ようか?」
「うん!」
大人にとっては常識でも子供にとっては全てが新しい。今まで普通だと思い生活してきた俺だが、スクーピーと出会ってから様々な事を教えられ見識が広がった。ただやはりある程度の常識は必要なようで、店を出てから白面を被り歩くスクーピーは、違う意味で周りから注目を浴びてしまう。だから俺はスクーピーの余した眼鏡を掛けた。
「あ、あの、すみません」
そんなイカした格好のせいなのか、エリックの元を目指し歩いていると突然後ろから声を掛けられた。
「え?」
振り返ると夫婦なのか、四十代くらいの優しそうな男女が立っていた。
「あの、その子、……もしかしてエインフェリア様ですか?」
周りには聞こえないよう俺に近づき、女性が小声で訊いた。
「え……えぇ、そうですけど?」
優しそうな外見と振舞い、そして様を付けて呼んだ事から正直に答えた。すると二人は嬉しそうに笑みを見せた。
「先ほどお店でお見掛けしてそうだと思ったんです! もし宜しければその子のお顔を拝見させて頂いても構いませんか?」
「え?」
この人たちの素性は一切分からない。しかしまるで崇拝者のように手を合わせお願いする姿に、もしかしたらエインフェリア信者なのかと思った。
エインフェリアは人間、つまりキャメロット側では神や天使として崇拝され、多くの宗教もある。エイダールはプルフラムにあり人間からしてみれば敵国だが、これだけ異国の文化が混じりながらも統治された安全な国なら、別段不思議では無かった。
そこで折角スクーピーの美しい姿を自慢できるチャンスとあり、喜んで快諾する事にした。
「えぇ、構いませんよ。ただ帽子は取れませんが良いですか?」
「はい」
本当なら美しい髪も見せて、尚且つ写真も撮らせて上げたかった。しかしいくら安全とは言えこれだけ数がいれば頭のおかしな奴もいる。もしこの人たちがスクーピーの神々しい顔を拝めない事を恨むのなら、そう言う輩を恨んでもらうしかない。
「じゃあスクーピー。ちょっと良い? この人たちがスクーピーの顔を見たいんだって?」
「…………」
スクーピーはまだ拝見という言葉を知らない。しかし顔を見せては分かるようで、恥ずかしそうにモジモジした。
「駄目?」
「……いいよ」
さすが女の子! やはりこういうのには嫌がらない。そしてこの恥じらい! どうだ羨ましいだろ!
だがここでスクーピーの名を聞いてしまった二人が意味を知っているようで、驚くように訊く。
「え? あの、すみませんがその子、スクーピーっていうお名前なんですか?」
「えっ!?」
これはさすがにヤバいと思った。エインフェリア信者なら意味は知っていて当然だった。もしそれで児童相談所なんかにでも通報されたら堪ったもんじゃない。だがしかし、神の子スクーピーを育てる俺は既に人智を超えた存在になっていたようで、咄嗟に上手い口実を思いついた。
「い、いえ。実はこの子はハーフでして、シャロン・エー・スクーピーって名前なんですよ。もう少しで学校に通うんで、今は苗字で呼ばれる練習をしているんですよ」
「そうなんですか! それはまた珍しいですね! へぇ~ハーフなんですか!」
さすが多文化国。エインフェリアにとっては悪い意味でも、名前に混ぜれば本来の意味は持たないようで、二人は名前よりハーフの方に気が行った。
「じゃあ失礼ですが、奥様はエインフェリア様なんですか?」
「え?」
しまった! そりゃそうなるよね!? 俺が天使様なんかと結婚できるわけないっしょ! どっちかって言えば妻は悪魔だよ!
しかしここでも冴えわたる俺は、上手く口が回る。
「い、いえ。この子は姉の子供なんですよ」
「そうだったんですか! それは失礼しました」
「いえいえ」
フッ、チョロいな。
「じゃあ早速顔を見ますか?」
「はい。お願いします」
「じゃあおいでスク……シャロン。この人たちに顔を見せて上げて」
「……うん!」
シャロンと呼ぶと一瞬スクーピーは驚いたような顔を見せたが、やはり賢いスクーピーは直ぐに返事をしてくれた。
「じゃあお面を取るよ?」
「うん!」
帽子が落ちないよう気を付け面を取ると、二人の男女は腰を下ろしてスクーピーの顔を眺めた。だが一瞬顔の傷を見ると凍り付いたように動かなくなった。それでも相当な信者なのか、それともスクーピーの美貌が勝ったのかは知らないが、直ぐにスクーピーを崇めるように拝み始めた。その姿は異様ではあったが、この美しさを知る俺には仕方が無い事だと頷くしかなかった。
そしてしばらく拝むと、二人は最後に瞑想するかのように深く拝み、小さな声で「ありがとう御座います」と三回言った。
分かる! 分かるよその気持ち! だけどそれは崇め過ぎじゃね? いや~ホント参っちゃうよ!
「ありがとう御座いました。お陰様で徳を得た気分です。これはほんのお気持ちですが、どうぞお受け取り下さい」
相当な信者というよりも狂信者だったのか、ここで二人はお布施としてまさかの一万円を差し出してきた。
「い、いえ、それは貰うわけにはいきません。そんな事をすれば俺は一生この子に顔向けできません」
絶対貰えないよね!? くれる方は清らかな心かもしれないけど、それ貰ったら俺は汚れちゃうよね!?
「ですが……」
「俺にとってこの子はかけがえのない子なんです。そのお金はこの子にとっては毒になってしまいます。ですから勘弁して下さい」
「そうですか……それは申し訳ありませんでした」
「いえ。分かってもらえればそれだけで良いです」
スクーピーの美しさに心打たれるのは分かる。だがしかしスクーピーを育てる親として汚れるわけにはいかなかった。その気持ちは二人にも伝わったようで、少し酷だが断ると分かってくれた。
「ではせめてこれだけでも受け取って下さい」
そう言うと男性の方が名刺を渡してきた。
「もし何か困った事があったらいつでもここに連絡を下さい。私は区議会議員をしています。これも何かのご縁ですから、いつでもお力になります」
「え、えぇ。ありがとう御座います」
名刺には、エイダール・オースティン区議会議員・セルディオ・セバスチャンの名があり、やたら金色が目立つ宗教のようなデザインが入っていた。
「お急ぎの所私達の我儘にお付き合い下さり、誠にありがとう御座いました」
「いえ。こちらこそスク、シャロンに良い経験をさせて頂きました。ありがとう御座います」
「いえ」
普段なら絶対に関わり合いたくない人たちだったが、スクーピーをここまで愛してくれる二人にはとても良い気分だった。
「じゃあ行こうかスクーピー。早くエリックのとこに戻らないとな」
「うん!」
スクーピーも満足したようで、再び面を付けて笑う姿に微笑ましい気持ちになった。そして俺達が去り出すと拝むように手を合わせる二人に、エリックの言うエインフェリアに対する偏見は古い風習だったのだと感じた。




