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口八丁

「ほら。口元に付いてますよ」

「まぁ~……」


 スクーピーの名が決まり、しばらくするとエリックが腕によりをかけた夕食が始まった。

 しかし本能なのかエリックは不満げな表情を見せ、まるで敵視でもするかのような眼光をスクーピーに向けていた。それでも俺の前では悪態をつくような事は無くきちんとスクーピーの分も用意し、険悪ながらも席を囲った。

 

 読んだ本では、エインフェリアとインペリアルはその昔天地を掛けて聖戦を繰り広げ、悪魔はその時インペリアル側に付き共に戦ったらしい。そして負けたインペリアルと悪魔は領地を追われ、勝ったエインフェリアはデュポンと共にこの地を支配したという話だ。それは神話と言っても良いほど遠い昔の話で真偽は定かではない。それでも現在まで俺達はそう教えられ、そう生きて来た。

 それ故に悪魔であるエリックにとっては、長い年月に渡り染み付いた本能がスクーピーを拒んでいるのだろう。それを知る俺には、こればかりはどうにもできないと諦めていたのだが……


「ほらスクーピー。こっちにも付いてますよ」

「んまぁ~!」


 悪魔としてより今の体に憑りついてからの生活が長かったせいか、エリックは既にスクーピーの放つ魔力に侵されていた。

 それもこれも、最初はあんなに煙たがっていたエリックなのに、スクーピーが料理を口にした瞬間驚くような表情を見せ、美味いと体全体で表現しただけでコロッといきやがった。


 恐らくエリックにとっては何を喰っても美味いしか言わない俺では心の欲求は満たされなかったのだろう。そんな折、誰が見てもはっきり分かるほどエリックの料理を美味いと表現したスクーピーは、因縁すら吹き飛ばす存在だったようだ。


 それにしても変わり過ぎだ! 気持ち悪いけどもうエリックがお母さんに見えるよ!


 元々エリックは頭のおかしい悪魔だとは思っていたが、まさかここまでとは思ってはいなかった。それともエリアルという種が元々母性本能が強く、悪魔とは言われていても悪魔では無いのかも知れない。しかし既に俺のスクーピーを奪うほどのエリックに、憎しみさえ感じる辺りはやはり悪魔なのかもしれない。


「ほらスクーピー。スプーンがあるんだから手で掴んじゃ駄目だよ?」

「まぁ良いじゃないですかリーパーさん、スクーピーはまだ子供なんですから。少しずつ教えていきましょう。今は作法よりも食育ですよ」


 くそがっ! この悪魔め! さっきはさんざんあれだこれだ言っておきながら何言ってんだよ! そのうえ何さらっと家で預かるみたいな事言ってんだよ!


「え? スクーピーは飯食ったら元の場所に返さなきゃならないんだろ?」

「え? 誰がそんな事を言ったんですか? 雨だって降ってるしもうすぐ暗くなりますよ? そんな非道な事誰が出来るんですか?」


 こん~のくそ悪魔め! 何? 悪魔は人を騙くらかすって言うけど、エリックはそんな下衆い奴なの?


「え~? だってエリックさっきそう言ってたじゃん? 私はエインフェリアが嫌いだって?」

「え? 私そんな事言いました?」

「言ったよ」

「あ~、多分その時私寝てたんですよきっと。だから多分それを言ったのは私の中の誰かですよ。後で説教しなくてはなりませんね」


 エリックの本体自体は細胞とほぼ変わらない大きさらしく、エリアルはそんな小さな細胞の集合体らしい。だからエリックは本体だけが無事なら、時間は掛かるがいくらでも復活するらしいとかなんとか。ようはエリックの今の体が国のような物で、このくそ悪魔自体は玉座でふんぞり返る王様なんだとか。


 くそ~口八丁め! リリアにも見習わせたいくらいだよ!


「え? でも、エリックエインフェリア嫌いなんでしょ?」

「えぇ。確かに私はエインフェリアもそうですが、それに組する者も嫌いです。ですけど、こんな可愛らしく素晴らしい子を見捨ててはその外道と同じです。自分が嫌う者と同じ事をするのはそれこそゴミですよ」


 くわぁ~! エリックってこんなに憎たらしい奴だったの! もうこいつの料理一生美味いって言ってあげない!


 折角良い空気にはなったのに、エリックのせいで再び険悪な空気が流れた。しかしさすがは天の子エインフェリア。俺達の喧々した空気を察したのか、突然駄目だと言わんばかりに俺達の手を叩いた。すると不思議な物で、心に潜んだ鬼があっという間に逃げ出した。


「あぁ、悪かったなスクーピー。ご飯は楽しく食べないとな。悪かったなエリック、なんかすまん」

「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした。おかわりは要りますか?」

「あぁ頼む。それにしても今日のは美味いな。エリックまた上手くなったな」

「そうですか? それはありがとう御座います。では今お持ちします」

「あぁ」


 スクーピーの前では悪魔でさえ太刀打ちできないようで、すっかり気の良くしたエリックは嬉しそうにお代わりを取りに行った。ただ、はしゃぐ姿がおっさんと相まって気持ち悪い!

 それでも心優しいエリックが受け入れてくれたお陰で、その後食事を終えると眠気に襲われたスクーピーを我が家に受け入れる事が決まった。だがエリックの言う通り命に手を出すのはそう簡単な話では無く、スクーピーが寝静まった後大人の話し合いが始まる。


「スクーピーの方はもう良いんですか?」

「あぁ。ぐっすり眠ってるよ」


 リビングに戻ると、夕食の片付けを済ませたエリックが寛いでいた。しかしやはり良い奴。俺の分のお茶まで用意して待っていてくれた。


「でもあれだな。やっぱりエリックの分の布団も買っておいて正解だったな」

「えぇ」


 エリックには睡眠は必要なかった。正確にはエリック自体は眠るが、大勢いる細胞、所謂部下がその間を補うため、体自体は年中無休で動けるらしい。だからマジでこき使ってやろうと思えば一日中働かせることが可能だ。

 しかしこちらに来てからはずっと苦労を掛けた為、エリックは無駄遣いだと反対したが少しでも休めるよう二セット布団は買ってあった。ちなみに、エリックが寝たのは一回だけ! マジで無駄遣い! それでも綺麗に畳んで新品並みに保管してたから許す!


「これもリーパーさんの人徳ですよ」

「人徳?」

「えぇ。リーパーさんはそういう人柄ですから」

「はぁ?」

「いえ。何でもありません」


 スクーピーに対し母性本能が働き何かが目覚めたのか、まるで人徳者のような事を言い静かに笑うエリックは、気持ち悪かった。


 どうしたエリック!? スクーピーとの出会いから悟りでも開いたの!? 気持ち悪いから!


「しかし明日から仕事はどうしますか? さすがにスクーピーを置いて家を空けるわけにはいきませんよ?」


 椅子の背もたれに寄り掛かりお茶を飲むエリックは、先ほどの人徳者発言のせいか、動きが優雅に見える。


「あぁそれか。それなら問題無いよ。明日からは俺一人で仕事に行くから」

「え?」

「いやだってさ、こっちに来てからエリックにばっかり苦労掛けたし、エリックだってゆっくり休みたいだろ?」

「え、えぇ……確かに増殖に専念出来れば、それだけ早く回復が見込めますからね」

「だろ? ならしばらくは家業に専念しろよ?」

「し、しかし……」


 エリックの本心的には有難い話のはずだ。それでも口を濁すのは、俺をここに連れて来た責任感からなのだろう。


「別にずっとって言うわけじゃないよ。ちょっとずつでもスクーピーに色々教えてさ、ちょっとずつお留守番できるようになるまでだよ。スクーピーは頭が良いから直ぐにお留守番できるようになるよ」

「う~ん……まぁしかし、それが一番良いのかもしれませんね? ただ、忘れないで下さいよ。私の分身がリーパーさんの中で生きられるのはせいぜい丸一日が限度です。だから遅くても必ず夜には帰って来て下さいよ」

「分かってるよ。スクーピーもいるし、必ず帰って来るよ」


 魔力の無い俺には、例え近代化が進むエイダールでも瘴気の影響は毒だ。その為こちらに来てからエリックは直ぐに、俺に残り少ない部下を分け与えてくれた。そのお陰で俺は魔界でもこうして元気にしていられる。

 ただそれはかなり危険な事なのだとは思っていた。初めて力を分け与えて貰った時は異常に好戦的になり恐怖心が消え、自分でも悪魔に憑りつかれているのが分かるほどだった。だがエリックには悪意は無く、今ではその影響も全く受けない事から何も心配していなかった。しかしこれにはちょっとした副作用があるようで、最近白髪が多くなった気がする。


「分かっているのなら問題無いです。では仕事の方はお任せします」

「あぁ、任せろ」


 俺としてはずっとスクーピーの世話をしていたかった。しかしお母さんの役をエリックに取られてしまった以上、俺はお父さんとして大きな背中をスクーピーに見せなければならない! この男女差別の根絶が叫ばれるエイダールでは、家計を支えるのは男の仕事! とは声を大にしては……既に稼ぎではエリックに負ける俺が言える立場じゃないが、矜持として俺が汗水たらして稼いだ金で家計を支えたい! そして毎日スクーピーにおもちゃを買って帰りたい!

 そんな熱意に突き動かされていたのだが……


「では、次はお金の話なんですが」

「金? あぁ、食費の事か? それなら余裕はあるだろ? 確かに俺一人の稼ぎになったらキツイだろうけど、もう必要な物は揃ったし、別にスクーピー一人分ならなんとかなんだろ?」

「えぇ……確かに今までの稼ぎならリーパーさん一人分でもやりくり出来ます。ですけど……」

「ですけど?」


 何? エリックもしかして料理に金掛けられる費用減るの嫌なの?


「それだと月一万程しか貯金出来ませんよ?」

「え? ……え?」

「いやだから、それだとシェオールに帰るのに五年程掛かりますよ?」

「……え?」

「私達二人で、さらに共働きなら後一月ほどで帰れましたけど、スクーピーの分も入れたら最低八十万程必要になります」

「…………」


 うえぇぇぇ!? 


「大体月八万程の支払いがあり、さらに食費が五万行かないくらいで……」

「やめてくれエリック! 分かったからその話は今は無しにしよう!」

「え? しかし……」


 金、金、金! この世はフィリアばっかりかよ! 折角スクーピーという天使を手に入れても、これじゃ地獄だよ!


「そこはエリック。お前の知恵で何とかしてくれ!」

「えええっ!? なんとかって言われても無理がありますよ!」

「いや、お前ならできる!」

「いや無理ですから!」

「あ、それと。その中からきちんとスクーピーの養育費も出せよ?」

「いやいやいや! リーパーさん風邪でも引いたんですか!?」

「あぁ。俺は今スクーピーを育てると言う風邪を引いている!」

「…………」

「じゃっ、そういう事で俺は寝るから」

「ええっ!?」

「じゃあお休み」

「あ、お休みなさい。じゃなくてっ!」


 こうして俺達はシェオールを目指し、新たな家族と共に世間という相手との過酷な戦いが始まった。


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