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歴戦のお母さん

 体も温まり風呂から出ると既にエリックは戻ってきており、そこにはスクーピーの為の衣類と俺の着替えも用意されていた。そんな心優しい気遣いに、恐らくエリックはスクーピーを認めてくれたのだと思った。そして着替えを終えリビングに向かうと、これまた優しいエリックは俺達の為に温かいカップスープを用意してくれていた。それを見て思いは確信に変わったと思ったのだが……


「ではリーパーさん。雨が上がるか、夕方になれば彼女を家に送り届けて下さいよ」

「えっ!?」


 てっきりエリックは、スクーピーを迎え入れるつもりなのだとばかり思っていたのだが、俺達がテーブルでお茶を飲んでいるとお母さんのような態度で言った。


「えじゃないですよ。その子の身元は分かっているんですか? 両親は?」

「い、いや……そうだけど……」


 ピンクのエプロン姿に、キッチンから流れてくるコトコトという音と美味しそうな匂い。そのうえ綺麗好きと来て、白いナフキンで洗い立ての手を拭きながらエリックは言う。それは正にお母さんだった。


「それにリーパーさん。命というのは一度手を出せば、その生涯に命を捧げなければいけないんですよ? 一時の感情でその子を連れてきても、後で知らないは出来ないんですよ?」

「分かってるよ……」


 正にというかもうお母さん! エリックって悪魔だよね? それも男の? なのになんでこんなに母性本能の強そうなこと言えんの? 俺が知る限りエリック以上に嫁に向いている女性なんていないよ?


「いいえ。リーパーさんは分かっていません! 本当に分かっているのならこんな事はしないはずですよ」


 厳しいねぇ~。確かにエリックの言う通りきちんと考えていれば安易にこんな事はしない。しかし義を見てせざるは勇無きなりって言葉あるし、お母さんなら息子のそういう所を褒めて欲しいもんだよ。


「でもよ。この子が可哀想じゃん!」

「でもじゃありません! そんな……」

「ぷは~」


 ここでやっとスクーピーはエリックが用意してくれたオニオンスープを飲みほしたようで、満足そうに声を上げた。


「おぉ、全部飲んだのか? 上手かったか? ほら口に付いてるぞスクーピー? どれ」


 スクーピーは本来暗い性格ではないようで、やっと安心感を得てとても明るい笑顔を見せた。それがまた可愛く、口周りに付いたスープを拭いてあげると、なんだか幸せな気分になれた。しかしエリックはこのエンジェルスマイルを見ても動じないようで、毅然とした態度を見せる。


「とにかく、今日は夕食を食べたら元居た場所に置いて来て下さいよ! 分かりましたねリーパーさん!」

「あ、あぁ……」


 このお母さんエリックカッコいいぜ! まるで歴戦のお母さん並みにクールだぜ! 


 エリックもなんだかんだ言ってもスクーピーの愛らしさには勝てないようで、参ったようにため息を付いた。


「あ、それとリーパーさん。リーパーさんはその子をスクーピーと呼んでいましたけど、それは名前じゃありませんよ」

「えっ?」

「スクーピーはエインフェリアの言葉で不要や不適合などの意味で使われ、誰かに対して使う場合はゴミという意味で使われる最低の差別用語です」

「え……それって……」


 これには衝撃を受けた。そんな事があるはずがないと思った。そしてどうしてもそれを認めたくはなくてスクーピーに確認を取る事にした。


「なぁスク……スクーピーは本当にスクーピーって名前なの?」


 するとスクーピーは、すっかり気が休まったようで、先ほどとはまるで別人のような愛らしい笑みを見せてそうだと頷いた。


「ほ、ほんとに? 他に誰かに違う名前で呼ばれた事は無いの?」


 出来るだけ穏やかには語りかけたが、どうしても気が焦ってしまい言葉を選ばなかったためスクーピーには理解出来なかったようで、キョロキョロと何かを探すような仕草を見せた。


「そういう事ですよリーパーさん。この子は間違いありません。恐らくその顔の傷が原因で捨てられたのでしょう。彼らはそういう生き物ですから。ですから何故私がその子を拒むのか理解して頂けましたね」


 エリックが人間を下等な生物だと思っているのは仕方が無いとしても、まさか拒むとまで言うとは驚きだった。しかし悪魔だとか関係無く、友としてエリックの間違いを正してやらなければならない!


「なら尚更見捨てて置けねぇじゃねぇか! この子には名前も無いんだぞ! そんな子にすら手を差し伸べられないようじゃ俺達終わってるぞ!」

「いや、そう言われましても……元が元ですから、リーパーさんが憐れみを掛けるのもどうかと思いますよ?」

「何言ってんだよエリック! こんな子を見捨てて帰ったらヒー達に怒られちまうよ!」


 エリックなら分かってくれるはずだ。悪魔なのに人の心を理解出来るほど優れた悪魔なら必ず分かってくれるはずだ!


「怒られるって。私としてはその子を連れて帰った方が余計に怒られるような気がしますけど……」

「何言ってやがるエリック! ヒー達はそんな奴らじゃないのは知ってるだろ!」

「いや……まぁ……そうですけど……」


 もしここでエリックがそれでもこの子を拒否するようなら、例え殺される事になっても拳を振るう覚悟は出来ていた。俺はそのくらいエリックの事を親友と思っていた。


「なら分かるだろ! 今俺達がしなきゃいけない事くらい!」

「いやしかし、さすがにエインフェリアを連れ帰ったらまずいんじゃないんですか? リーパーさん達にとってエインフェリアは神の使いと言うほど高貴な種族なんじゃないんですか?」

「え?」


 何でエリックは急にエインフェリアの話を始めたの?


「それにほら、アドラさんもいるし」


 え? アドラがいたら何か問題でもあるの? え? 今エリックは何の話してるの?


「ちょっと待てエリック。お前今何の話してるのか分かってんのか?」

「え? その子がエインフェリアだって話じゃないんですか?」

「何言ってんだエリック! 今はスクーピーをどうするかのはな……えええっ!? スクーピーってエインフェリアなの!?」


 衝撃の事実! 道理で魅入るほど美しいはずだよ!


 エインフェリアはインペリアルと肩を並べて世界最強の種族と云われ、その神々しさすら与える容姿は天使や神の使いとして崇められるほど美しいと聞く。そして世界中にはエインフェリアを崇拝する宗教もあり、俺ですら幼少期よりエインフェリアは我々にお恵みをお与え下さる存在として教えられ、無礼を働けば天罰を受けるとまで言われるほぼ神様だ。


 そんな高貴な御方に御身を晒させるなんて俺はなんて罰当たりな事を! ……いやでも、逆にそのお姿を見れたのは御利益あるんじゃね?


 そんな衝撃の事実に動揺していると、ここでエリックがこの御方を前にあり得ない事を口走る。


「だからそうだって言ってるじゃないですか? だから私はこの子が嫌いなんですよ」


 エリーック! お前はなんて罰当たりな事を!? 神様に向かって嫌いって!? お前この先全ての人に嫌われるぞ!


「まぁでも、容姿が少し醜いだけで仲間とは認めないクズに比べれば、それでも逞しく生きているこの子の方がまだマシですが」


 エリーック! もうそれ以上はやめて! ただでさえ俺の神様はケツ神様なのに、それすらいなくなったら俺もうトイレ行く度に紙に困っちまうよ!


「大体わざわざエイダールに捨てるなんて、ホント……」

「分かった! 分かったからもうやめてエリック!」

「え? あ、すみません。私とした事がつい……」


 ついじゃねぇから! 悪魔ってマジで怖いもの無いの?


 エリックの暴言は神に対しても失礼だが、今目の前にいる幼い少女に対してもかなり失礼だった。それは神と敵対する悪魔にとっては仕方が無いのかも知れない。それでもエインフェリアとしてではなく、か弱い子供の前で宜しくない発言をした事を反省したかのように詫びたエリックを見て、馬鹿な“大人”ではない事に安心した。


「まぁそれでも、その子を養う義理はありませんから、可哀想ですけど元の場所に返してきてくださいよ。エインフェリアなんて厄災しか持ち込まないんですから」


 それ悪魔のお前が言うの? どちらかと言えばそれは悪魔の専売特許じゃないの?


 可哀想だと言ったエリックは、悪魔の性と人としての本能の間で葛藤しているように見えた。それは調理中の沸き立つ湯に気付き、なんだかんだ言いながらも俺達が飲み終わったカップを手に取り、エプロン姿でキッチンへ向かう後姿にそう思った。そんなエリックだったが……


「あ痛っ」


 慌ててキッチンへ向かったエリックは足元が疎かになっていたようで、何故かキッチンに足の指をぶつけた。それは正に人の姿であり、天罰が下ったと思えるエリックに温かみを感じた。


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