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妖刀少女

「リーパーさん、これでエリアの制圧は完了しました。体を守って下さりありがとう御座いました」

「えっ! あ、あぁ……別に問題無いよ……」

「ではツクモさん達と合流しましょう」

「あぁ……」


 見張りを倒すため俺以外の全員が飛び出すと、ほとんど時間を置かずエリックが目を覚ましそう言った。

 そのあまりの早さに、“もしかして俺要らないんじゃないの?”という思いが膨らんだ。


 そんな不甲斐なさを抱えながらエリックに続き岩陰を出ると、そこは思ったよりも広い空間が広がっており、幻想的な景色に一瞬ここが敵のアジトだという事を忘れてしまった。


 地下水が引いて出来た洞窟のようで、吹き抜けた高い天井にある一つの穴から降り注ぐ日差しは柔らかく、湿気を帯びた剥き出しの岩肌に美しい光を反射させる。足元には地底湖の名残の透き通る湖がまるで観光地のように輝き、そこを岩が天然の橋を掛ける。そしてその橋は天を目指すかのように弧を描き岩壁沿いを昇る。

 それはとてもアジトと呼ぶには美しすぎて、一味が用意した小汚い椅子や家具がお洒落なアンティークにさえ見えるほどだった。


「あっ!」


 美しい景色と無防備に歩き出したエリックに油断していると、上へ続く通路にまだエリックが倒したはずの三人の見張りが立っているのが見え、咄嗟に頭を低くした。


「あ、大丈夫ですよリーパーさん。彼らは既に私の支配下にありますので安心して下さい。彼らはこの先利用できそうだったので残しておきました」


 さすが悪魔! やる事が人の一歩先を行ってる! 


「そ、そうか。俺心臓止まるかと思った」

「驚かせてしまいすみません」

「い、いや別に気にしなくても良いよ」 


 そう言うとエリックは「ありがとう」という感じで小さく頭を下げた。


「では行きましょう」

「あぁ」


 今のところエリックが言った強者はいなかったようで、再び歩き出すとツクモだけでなくゴードンさんもピンピンした姿を現した。


「エリックさんどうする? またアイツらの記憶見る? 一応エリックさんが見やすいよう並べて来たけど」

「え? ……あ、はい。ありがとう御座います……」


 何? 殺し屋の世界では倒した相手は並べるのが基本なの?


 エリックでさえも声を詰まらせるツクモは、イカれた職人だった。

 それでも良く仕事の出来るツクモとゴードンさんのお陰で、その後無駄なくエリックは見張りの記憶から情報を得ることができた。


「どうやら楽に進めるのはここまでのようです。この先からはかなりの使い手がいます」


 先ほどよりはかなり多くの情報を得られたようで、エリックは今まで以上に険しい表情を見せた。


「ですがこの四人ならなんとかなるかもしれません。彼は私の中ではかなりの手練れだと思っていたのですが、この調子なら虚を突けばなんとかなりそうです」


 多分ツクモが仕留めたと思われる一人を見て、エリックはそう言った。


 世の中とは小説や物語のように強者が絶対に勝ち残るわけではないらしい。悪魔のエリックが強者だと認めたはずの相手が、まさかツクモのようなか弱いはずの女性の手によって白目を向いて泡を吹かされる姿に、世とは世知辛いとしみじみ思った。


 それを受けてツクモが刀に手を掛け答える。


「ならこいつの首だけでも刎ねとく? もし目を覚ましたら後々面倒だし」


 ツクモー! お前はマジで怖いよ! 何「ついでに行っとく?」みたいに言ってんの! 


 そんなツクモにさすがのエリックも驚いたのか、慌てて手を出し宥めるように言う。


「そこまではしなくても良いですツクモさん! 彼にも私の一部を入れておきますから!」

「……そう? なら良いや」


 ツクモの中ではちょっと残念だったのか、少し硬直を見せ、飽きたように刀から手を放した。


 悪魔、魔族と居る中で、俺よりも年下で非力のはずの女性のツクモが一番恐ろしかった。間違いなくこの中ではエリックが一番強いはずだが、どうやら強さとは力ではなく、狂気じみた心にあるらしい。


「ではいよいよ敵陣に突入します。皆さん準備は良いですか?」

「はい!」

「はい」

 

 ツクモといいゴードンさんといい、プルフラムの住民は余程戦い慣れているのか、今よりもさらに危険な状況が待ち構えているにも関わらず力強い返事をした。

 そうなると俺も声を出さずにはいられず、声だけは力強く出した。


「ぁ、あぁ!」

「では行きましょう。あの上へ続く道を行くと次の間に着きます。ついて来て下さい」

「はい!」


 正直自信が無かった。恐らくツクモがいなければここまで不安になる事は無かっただろう。どうやら俺には女運は無いようで、ここぞという時に限って女性に苦しめられているような気がした。


 道中エリックの支配下に置かれた三人の見張りを拾い、彼らを先頭に俺達は進んだ。その間は特に上からも下からも新たな敵が現れるような事も無く、無事次の広間の扉の前へ辿り着く事が出来た。しかしここでようやく敵も俺達の存在に気付いたらしく、異様な気配が扉の奥から伝わって来た。


「どうやらあちらさんも気付いたようね。どうするのエリックさん?」


 俺達にとっては全然好ましくない状況なのに、妖刀少女ツクモは待ってましたと言わんばかりの表情で言う。それを見て、アドラとミサキの顔が脳裏を過り、ツクモは間違いなくトラブルメーカー属性なのだと分かった。


「そうですね……先ずは交渉をしてみましょう。どうやら彼らはただの馬鹿ではないようですので、上手くいけば戦闘をせず済むかもしれません」

「それ本当か! エリック!」

「えぇ」


 思わぬ発言に期待が膨らんだ。確かにスクーピーを攫った事には怒りを感じるが、これでもし争いをせず無事スクーピーが戻って来るなら許しても良かった。

 それはゴードンさんも同じ意見のようで、賛成するように声を上げる。


「それなら有難いですね! 私としても戦闘は避けたいですから!」

「えぇ。私もスクーピーが戻って来るのなら無用な争いは避けたいです。ですがあまり期待しないで下さい。上手くいく保証はありませんから」

「分かっています。しかし出来るだけ私も尽力しますから、お願いしますエリックさん!」

「はい、頑張ります」


 もうエリックとゴードンさんの間には遺恨は無かった。俺達はどうやらスクーピーのお陰で絆を結べたらしい。俺達だけでなく関わる全てに幸せを運ぶスクーピーに、なんだか力が湧いて来た。

 だがそれは問屋が卸さないようで、ツクモは不満げに言う。


「あんまり変な期待はしない方が良いよ? 一応数ではあっちの方が上みたいだから、結局最後は抜き合いになる“はず”だから」

 

 忠告なのだろうが、このツクモの発言には男たち全てが悲壮感に打ちひしがれた。それは敵に対してというより、どちらかと言えばヤル気満々のツクモに対してだった。何より“抜く”という言葉と、強調するかのように“はず”を付けたツクモには、男として否定された気分だった。


「まぁここで話しててもしょうがないし、先ずは入ろう? あっちだって待ってるみたいだし」

「え……あ、はい。では行きましょう。皆さん、念のため警戒を怠らないで下さい」

「あ、あぁ……」

「はい……」


 もうリーダーはツクモだった。それは種族とか強さとか関係無かった。強いて言うなら、ツクモが女性だったからだろう。

 世とはやはり女性の方が強いようで、例え母親化したはずのエリックでさえ逆らえないようなリーダーシップに、もはや誰も逆らえない空気が出来ていた。


 世の中本当に男性優位社会なの!?


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