間の悪い訪問者
助っ人も頼めずますます状況は悪化する中、少しでも好転させるためエリックと合流する事を決め家へ戻ろうと振り返ると、随分小柄な青年と目が合った。
その青年はまるで女性のように小さいうえ、目鼻立ちも整っており、長い黒髪を頭の高い位置で後ろで束ねている事から、一瞬女性だと勘違いするほどだった。
この状況下なら本来そんな事はどうでも良い話なのだが、目があった瞬間この人は俺に話しかけてくるとすぐに分かった。
「あ、あんた、ガードを探してるんだろ?」
青年の言葉には一瞬反応できなかったが、サムライと呼ばれるような服装と刀を帯びている事に気付き、もしやと思い慌てて返事をした。
「そうだ! 君はガードか!」
「え……ま、まぁそうだけど……おじさん近いわ」
「なら直ぐに俺と一緒に来てくれ! 娘が誘拐されたんだ!」
「え……まぁ良いけど……ただ……」
「本当か! ならついて来てくれ!」
「あ! ちょっと待てよおじさん!」
リリアとヒー並みに背が低く体も華奢だが、彼がいれば後でいくらでも増援が期待できる。そこでエリックの元へ戻ればなんとかなると思い、とにかく家へ向け走った。
その間も青年はきちんとついて来ており、やっと光明が見え始めた。
「誘拐されたって言ったけど、おじさん犯人分かってるの?」
いくら体が小さくともさすがはガードだけあって、こちらはかなり全力で疾走して息が上がっている中、青年は涼しい顔をして訊く。
「あ……あぁ!」
「じゃあ居場所は?」
「え?」
「犯人の居場所だよ?」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
豊かな文明のお陰でエイダールの民はかなり体が鈍っていると思っていたが、何処の世界でもやはりその道のプロは鍛え方が違うようで、こっちは全く会話できる状態じゃないのに、青年は束ねた黒髪を馬の尻尾のように揺らしながら平然と話し掛ける。その体力はA級冒険者にも劣らない。
「ねぇ?」
黙ってれやクソガキ! こっちはそんな余裕ないの見れば分かるだろ!
彼が来てくれた事には本当に感謝している。だけど今は心には余裕が無くイライラしていた。それでも有難い助っ人。とてもそんな事は言えず、というか言える状態じゃないため、手合図で後で話すと送った。すると彼は手合図も習得しているようで分かったと合図を送り返した。そんな彼に、僅かばかりだが頼もしさを感じた。
青年が口を閉じた事で走る事に専念できるようになり、その後はひたすら家を目指し疾走した。その甲斐もあり程無く良く見慣れた建物が見えて来たのだが、家へ近づくにつれ不穏な気配を感じ、足を止めてしまった。
なんだこの嫌な感覚……
今感じている気配は恐らく魔力の類だ。それもこの距離でも俺が感知できるほど強烈な。
「おじさん。もしかしてあそこに犯人がいるの?」
黒髪は魔力を全く内蔵できない体質の特徴だと聞いたことがあった。その為てっきり青年は魔力に関しては俺以上に疎いと思っていたのだが、見た目以上にかなり腕は良いらしく、刀に腕を掛け眼つきを鋭くさせた。
そんな青年に、息も絶え絶えの状態の俺は言葉を返す事が出来なかった為、違うと首を振り否定した。
「本当にそうなの? 多分あれは悪魔レベルだよ?」
それを聞いて眉間に皺が寄った。だが今の頭では何が何だか理解出来ず、ただ息を荒げて呆然と立ち竦むしかなかった。
そんな俺に青年が放った一言で、直ぐに頭の回転が戻った。
「ねぇおじさん。もしかしてだけど、あの気配出してる人、知り合いじゃないよね?」
その一言でエリックが悪魔である事を思い出した。そしてそれと同時にここまで禍々しいオーラを漂わせているエリックが心配になり、まさかと思いながらも迷わず家へ向かった。
すると玄関前で真っ黒な状態になったエリックがスーツを着たトカゲのような顔をした男の胸倉を掴み、今まさに喰い掛からんとしているのが見えた。
「やめろエリック!」
状況は全く理解できないが、あのエリックが目の前で誰かを喰う姿を見たくはない一心で咄嗟に間に割って入った。
「邪魔をしないで下さいリーパーさん! こいつがスクーピーを攫ったんです!」
それを聞くと本能的にエリックが掴む相手の顔を睨んだ。その瞬間は感情が入り込む時間など無いほど短かったが、その瞬間だけは自分の顔が鬼のようになっていたと自覚できた。のだが、その相手が恐怖で変化がかなり解けているがゴードンさんだと分かると、強引に二人の間に体を入れ引き離した。
「何故邪魔をするんですかリーパーさん! こいつが犯人なんですよ!」
「なら今は殺すな! スクーピーの居場所は聞いたのか!」
「そんなの殺した後で記憶を探ればいくらでも見つかりますよ!」
「それでも駄目だ! とにかく一旦離れろ!」
「駄目です! こいつは今殺します!」
ゴードンさんが犯人かどうかはどうでも良かった。今はとにかくゴードンさんから話を聞きたかった。何よりエリックには誰も殺しては欲しくなかった。それはエリックの為にもスクーピーの為にもあってはならない事だったからだ。
「駄目だ! お前はスクーピーの母親なんだろ! なら絶対誰も殺すな! もしお前が誰か殺せば俺は一生お前をスクーピーには近寄らせない!」
そう言うとエリックの動きが止まり沈黙が出来た。だが怒りは治まらないようで、ゴードンさんの胸倉を掴む腕だけは戦慄いていた。そしてしばらくの沈黙が続くと突然エリックはゴードンさんを押し飛ばすように腕を放し離れると、やり場の無い怒りをぶつけるように「くそっ!」と言いながら玄関扉を思い切り叩いた。
その拳は貧弱なエリックからは想像も付かないほど強力で、叩きつけた拳は玄関扉を突き破り奥深くまでめり込んだ。
エリックが不服を露わにした事で場にはさらに重々しい空気が流れ、険悪感が充満した。そんな中唯一ゴードンさんだけは場の空気に呑まれていなかったようで、乱れたスーツの襟とネクタイを直し、恐れる事無く口を開いた。
「エリックさん。エリックさんが何故私を疑うのかは察しが付きます。しかし私にもプライドがあります。ですから改めて言わせてもらいます。例え殺されようとも、私は最後のその時まで断じて私、いえ、ギフテッドでは無いと無実を口にします」
一体どういった経緯でゴードンさんがここに来てエリックに殺されそうになっていたのかは分からない。だがエリックがスクーピーを攫ったのがゴードンさんだと疑った理由は察しが付く。それはあれだけ問い詰められたゴードンさんも十分理解している。
だからこそ身なりを整え、人の姿で堂々と無実を主張するゴードンさんの言葉には力があった。そしてエリックが悪魔だと知った上でも応えを待つように向き合う姿勢は、正に企業戦士だった。
これに対しエリックは、玄関扉に腕をめり込ませたまま睨んだ。
その瞬間だけは背筋が凍った。未だ黒い魔力に包まれたエリックの赤い目は悍ましく鋭かったからだ。それこそいつ飛び掛かってゴードンさんの首を跳ね飛ばすと思うほどだった。
そんなエリックを目の当たりにしても見た目以上に相当気が強いようで、ゴードンさんはさらに続ける。
「別に私は謝罪をお願いしているわけではありません。ただ、ギフテッドは決して人を攫うような組織ではありませんので、信じて下さい」
「…………」
ゴードンさんがそう言うと一触即発状態の緊張感のある睨み合いが出来た。しかしゴードンさんの真摯な姿勢が伝わったようで、乱暴に扉から腕を引っ張り出したエリックは、黒いオーラを引っ込めいつもの人の姿に変わった。それでも表情だけは険しいままで、初めて見る怒った顔に気後れしてしまった。
「私はまだ貴方を信じたわけではありません! だから貴方には行動を共にしてもらいます! もし本当に貴方が犯人でなければ構いませんよね!」
「えぇ構いません。ですが会社の方へは連絡させて頂きます。よろしいですか?」
「えぇ! ただし会話の内容は聞かせてもらいますから!」
「分かりました」
未だ怒り冷めやらぬ状態だが、ゴードンさんを貴方と呼んだエリックに少し安心した。そしてつい先ほどまで自分を殺そうとしていた相手に、全く引けを取らず堂々と返すゴードンさんには頼もしさを感じた。
その後ゴードンさんが電話で会社へ早退の連絡を済ませるとエリックの使いのカラスが戻り、やっとスクーピーの居場所を突き止める事が出来た。
どうでも良い活動報告。
今日、油揚げの中に納豆を入れて油で揚げるという料理を作ろうと思い調理を始めると、油揚げが口の開かない一枚ものでした。しかしもう納豆も練ってしまい、引くに引けず強引に納豆と油揚げを油にぶち込みました。すると自分でも一体何の料理か分からない物が出来ました。しかし食べると求めている味だったので良しとしました。
というわけです。




