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幼女

「おい。今日は雨降ってけど、どうする気なんだ?」

「え?」


 朝、ピチャピチャという音で外を見ると雨が降っていた。今日は日雇いのいつもの現場は休みで、俺達は手品の路上パフォーマンスで日銭を稼ぐ気でいた。


「そうですね~……」


 別に俺達は借金があるわけでも、その日生活するのもやっとというわけではない。貯金はそれなりにあるし、ごく一般の生活が出来るだけの余力はあった。しかし、俺達にはシェオールへ帰るという目的がある。だから今は金、金、金! とにかく貪るように金を集める必要があった。


「そうですね~……」


 軒先から垂れる雨を見て完全に当てが外れたのか、エリックまさかのそうですね二連発。エリックは良い奴ではあるが、咄嗟の機転は利かない。


 雨は結構な勢いで振っており、外仕事をしている俺の感覚からしても、今日は屋外での作業には向かない天候だった。そんな天気に、今日くらいは久しぶりに休暇を取り、英気を養うのもありだと思ったのだが……


「そうですね~……」


 エリックまさかの三連発! え? こいつ是が非でも手品したいの?


 何がそこまで掻き立てるのかは知らないが、まるで敏腕サラリーマンのように顎に手を当て唸るエリックは、何か良い策を考えているのか、はたまたただ単に何も考えていないのか、なかなか答えを出さない。

 そこでこのまま昼まで顎を触っていられては困ると、俺から休みを切り出す事にした。


「なぁエリック」

「はい」

「今日さ、この雨だから休みにしないか?」

「え?」


 ギルドとの契約もあるのだろうが、悪魔の癖に俺を巻き込んだことに責任を感じているらしく、常に路銀を稼ぐことに執着するエリックなら賛成するとは思ってはいなかった。だがこちらに来てからエリックは、魔障に耐えられない俺に魔力を分け与えてくれたり、常に俺が危険に晒されないか警護してくれていた。そんなエリックに、今日くらいはゆっくり休んで欲しいという気持ちがあった。


「いやだってさ、エリックこっちに来てからずっとまともに休めて無いだろ? だからさ、この雨だし、今日くらいはゆっくり休んでも罰は当たらないよ」

「…………」


 無言で見つめるエリックの気持ちは分かる。エリックからしてみれば誰の為に苦労しているという話だ。本来なら俺が素直にありがとうと言えば済む話なのだろうが、何故かエリックとは異様に気が合ってしまい、今では親友と呼べるほどになっているせいで、気恥ずかしくてそれは言えなかった。


 しかしエリックにとっては、俺は親友どころか友とも呼べない関係なのか、呆れるように小さくため息を付き、視線を落とした。


「い、いや、エリックが嫌ならの話だけど……」

「……そうですね」


 やはりエリックにとっては早く戻り契約を完遂させる事が重要らしく、瞳を閉じ深く考える仕草を見せた。そんな姿が軒先から滴る雨音のせいで、余計に重々しく感じる。


「……では、今日はスーパー巡りをしましょう」

「え? スーパー?」


 エリックにとってはやはり帰る事の方が重要なようで、今日は屋外では無理だと判断し、スーパーに飛び込みで営業を持ち掛けるようだ。


「えぇ。やっとリーパーさんから休日のお許しが出ましたから、今日はいよいよ高級料理に挑戦しようかと思います! いや~、今日の雨は正に天の恵みです!」


 ええ!? こいつもしかしてずっと休み欲しかったの!? そして何!? 何さらっと俺がこき使ってるみたいな事言ってんの!? 


「え? お前ずっと休みたかったの?」

「え? あ、まぁ……はい」

「え? じゃ、じゃあなんで今まで言わなかったの?」

「え? だってリーパーさんのあのテンションなら言えないですよ」

「え?」

「なんか魔王様みたいな感じで、俺に付いて来い! って、ぐいぐい行く感じですよ」

「…………」


 超ビックリなんですけど~! こいつ自分が誰もが恐れる悪魔って事分かってんの? なんで俺の言いなりになってんだよ!


「いや~でも本当に有難いです。今日は美味しい料理を御馳走しますよ!」


 エリックはエイダールに来てから料理にハマり出した。お陰で食費は節約され、俺は料理をしなくて済み大助かりだ。そしてこの休みを利用して趣味に没頭できると喜ぶエリックを見ていると良い事尽くめなのだが、どうしても府に落ちないのは何故だろう……


「では朝食を摂り、洗濯と部屋の掃除を終えたらスーパーへ買い出しに行きましょう!」

「あ、あぁ……」


 こうして本日の休暇はエリックの趣味に付き合う事になった。それにしても一つ思ったのだが、エリックってちゃんとしてるね。





「――あ」

「どうしましたリーパーさん?」


 雨模様だが、こちらに来てから初めての休日とあり、しこたま食材を買い込んだエリックと共に帰宅すると、今日もいつもの場所に座り込んでいる幼女が目に入った。

 そんな俺の視線を追ったエリックも幼女に気付き、言う。


「何回も言ってますけど“あれ”は駄目ですよ。家はただでさえお金に苦労しているんですから、余計な出費は出来ませんよ」


 お前はお母さんか! 


 エイダールは急成長を遂げた都市だけあり格差が酷い。そのうえ魔力に頼っていた社会基盤を無理矢理変化させたこともあり、それについて行けない者も多く、一部の地域では浮浪者や孤児が社会問題になるほどだった。ちなみに俺達の借家はその一部の地域に入っており、幼女が座っている小さな石橋を超えるとアンデッドワールドのような状態になっている。それでも俺達がこのエリアに住むのは家賃が安いからである。


「分かってるよ」


 幼女は三日ほど前から姿を現すようになった。裸足に薄汚れたボロボロのワンピースを着て、クリーム色の長い髪で顔が隠れるほど俯き、いつも体育座りをしている。夜は下水道か何処かで寝ているのか、出勤するときには見かけず、帰宅する夕刻にはいつも決まってあの場所に座っていた。それをずっと俺は気になっていた。


「ホントですか?」

「ホントだよ!」


 幼女は恐らく孤児か何かなのだろう。そしていつも一人でいるところを見ると両親もおらず、身寄りが無い。だがエイダールは近代都市だけあって浮浪者政策もきちんとしている。だから幼女もそのうちどこかの保護施設が迎えに来るだろう。そう思う反面、降りしきる雨で古い石橋上は濡れ、俯き座り込む幼女のずぶ濡れの姿を見ると、楽観できるような気分じゃなかった。


「まぁそのうち誰か拾ってくれるでしょう。だから気にせず早く家に入りましょう。さぁ今日は御馳走を振舞いますよ!」

「あ、あぁ……」


 エリックは良い奴だとは思う。だけどやはり悪魔。俺やリリア達に対しては普通に接するが、自分に利益が無いと思われる人物に対しては冷徹だ。それは悪魔としての性だから仕方が無いのかも知れない。だが孤独に雨に打たれる幼女を見ても“あれ”と言ったエリックには寂しさを感じた。


 ――数分後


「悪いエリック! やっぱこの子家で預かるわ!」

「いや早いですって!」 


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