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悪魔様!

 参った。何か仕事見つけなきゃ……


 シェオールとは季節が反対のエイダールでは、月が替わるとさらに夏らしくなり、蝉の声も随分にぎやかになって来た。それに伴いいつもお世話になっている現場では安全教育という定例会が開かれた。

 これは毎月行われ、定例会とは言っていても現場の休憩所に全作業員が集められ、今後の工程や作業手順の確認、さらに事故事例から安全や品質管理などを学ぶというものだ。


 まさか座学により作業員教育まで行うエイダールの質の高さには正直驚かされた。シェオール、というか俺が今まで従事してきた建築現場では常に時間を惜しみ、「そんな時間があるなら働け!」というのが当たり前だったからだ。しかしこのお陰で俺は安全や品質に対する意識をより高め、仕事の内容も理解する事ができ、さらにこの短期間で自分でも驚くほどの成長を遂げることができた。そしてこれからの時代、どんな物でも“商品”を扱っているという意識を持つことを学び、考える事も立派な技術だと教えられた。


 そんな有難い安全教育の場だったのだが、配られた資料にある工程表を目にすると、あり得ない日程が組まれていた事に目を疑った。それは……


「これ何なんですか? 何で今月の最後こんなに休みになってるんですか?」


 月の終わりに四日まとめて休工と書かれている工程表に、思わず隣にいた大工の棟梁に訊いた。


「ハハハハ、面白い事言うなリーパー。お前正月休み要らないのか?」


 棟梁にとっては常識の事のようで、俺が冗談でも言っているかのように愛想良く応えた。

 棟梁は良い人で、最初は厳しそうな人だと遠ざけていたのだが、軍手をくれたりジュースを奢ってくれたりしてくれ、今では冗談を言えるほどの仲になっていた。そのせいか、棟梁には俺が本気だとは伝わらなかったようだ。そこで恥だとは思いつつも教えを乞う事にした。


「しょうがつですか? すみません。俺、エイダールというかプルフラムは初めてなんで、しょうがつを教えて貰えますか?」


 そう聞くと棟梁はやはり良い人のようで、一切咎める事無く教えてくれた。


「あぁそうか悪い悪い。リーパー内地出身だったもんな」

「はい。まだ来てそんなに経ってませんし……」

「そうか、それはすまんな」

「いえ」


 棟梁は人の姿はしているが魔族らしい。その為魔族にとってはプルフラムの外は外国と変らないようで、内地と呼ぶ。


「正月っていうのは新年の事だ。さすがに内地でも新年くらいは休みになるだろ?」

「え、えぇ……」

「それと同じだよ」


 アルカナでもキャメロットでも、新年を迎えると新しい年が来たと祝う休日がある。もちろんシェオールでも豊作の神への感謝として奉納祭が行われる。だがしかし、例え神への感謝だとしても浮かれるのはせいぜい三日ほどで、四連発まではなかなかかまさない。


「現場もリーパーのお陰で大分余裕あるし、今年は二日が日曜だから、多分八か九連休になると思うぞ?」


 きゅきゅっ九連休!? そんなに休まれたら折角溜まった貯金が!? エイダールの人ってどんだけ金持ちばっかなんだよ! ただ、何気に褒めてくれたのはアザース!


「リーパーもそんなにあるんだし、正月くらいは里帰りするんだろ? 親喜ぶぞ?」


 帰りたくても帰れねーよ! その心温まる一言が余計に心苦しい!


「ハハハハ……考えておきます……」


 エリックがバーで働き出したお陰で生活は安定し、貯蓄の目途も付いた。しかし不思議な物で、収入が増えると出る方も増え、爆発的な増大は無かった。それこそちょっと贅沢すれば穴でも開いているかのような勢いで目減りする。 

 確かに今の生活は楽しいし、スクーピーにはもっと良いものを与えたい。だからと言ってこのままエイダールでの生活を続けたいかと言われれば嘘になる。俺としてはシェオールにスクーピーを連れて帰り、そこでヒーや両親に会わせ愛して欲しいし、何よりリリアやアドラ達にスクーピーを自慢したい!


 そんな想いもあり、結局年末年始は八連休という話にショックを受け、帰宅すると愚痴るようにエリックに不満を漏らした。


「まぁそれは仕方が無いですよ。郷に入っては郷に従えというじゃないですか?」


 エリックは悪魔の癖にマリア並みに博識だった。それは知能では世界でも指折りに入ると言われる人間としては怖れなくてはいけないのだろうが、指先が器用で、料理が上手くて、掃除好きで、子育ても上手いに比べれば、大した恐怖では無かった。


「え? 何? ゴウに従えばGOに従え? ゴウって誰だ?」

「違いますよ。郷に入っては郷に従えですよ? 仕事でも何でも、違う世界に入ったらそこのルールに従いなさいという意味ですよ」

「え? あぁそうなのか……俺てっきりゴウって人の事かと思った……」

「違います」


 エリックにとっては常識的な言葉だったようで、呆れるようにため息を漏らした。


「でもどうするよ? 八連休だぞ? なんかその日だけ別の仕事探さなきゃマズイだろ?」


 生活面でならエリックがいるからそれほどではない。だからと言って仕方が無いと八連休もしていれば帰るのが遅くなる。そう思っていたのだが、ここでエリックが神様のような事を言い始める。


「別に問題ありませんよ。どちらかと言えば大助かりですよ。年末年始はちょっと仕事の予定が立て込んでいて、スクーピーの面倒はどうしようかと思っていたんですよ。折角ですからゆっくり体を休めてみてはどうですか?」


 一人黙々とお絵かき中のスクーピーを見つめエリックは言う。その眼差しはもうお母さんだった。


「え? 忙しいって?」

「はい。有難い事に、個人的に仕事を頼まれたんですよ」

「え? 頼まれたって、バーでか?」

「はい。お陰様で評判が良いようで、パーティーや新年会での手品の依頼をお願いされたんですよ」

「マジでか!?」

「はい」


 エリックが勤めるバーは結構高級な所のようで、社長や重役クラスの客層が多いらしい。その為ときにチップを三万も抱えて帰って来る。エリックここに来てまさかのブレイク到来!


「えっ? それっていくらくらい貰えんだ?」


 卑しい話、それを知る俺にはその気が無くても金額が気になった。


「まぁそれぞれ異なりますが、一番大きな金額を提示してくれた方で十万です」


 ズー万!? こいつ成功者じゃねぇか!


 膝が震えた。それは十万という金額でもエリックの手品に十万払うと言った客にでもなく、それだけ出しても呼びたいと思わせたエリックという職人に対してだった。

 それはもう英雄クラスの扱いで、アルカナじゃ先生と呼ばれ講演会などを頼まれるハンターの様だった。


「へ、へぇ~、それは凄いな? それって今のところ何件くらい頼まれてんだ?」

「え~と……ちょっと待って下さい」


 もう頭では管理しきれないほど件数があるようで、ここでエリックはまさかの手帳を取り出した。


「え~と……一二三四……七八……」


 八!? まだ伸びんの!?


「九……十二件です」


 十二件!? 化け物め! それ一つ一万でも十二万だよ? そのほかにバーの収入あるんでしょ? もう俺働く意味なくね先生?


 確かにエリックの手品は一級品だ。しかしシェオールでは十日も待たずに廃れた。なのにここに来て破竹の勢い! 

 恐らく手品というエンターテイメントは金持ちの為にあるようで、それがエイダールに来てハマったエリックは、正に悪魔の如しだった。


「でもこれはスクーピーのお陰でもあるんですよ」

「スクーピーが?」


 名声を手に入れると人……例え悪魔であっても心に余裕が出来るのか、エリックはまるで自分の力だけではないかのような謙虚さを見せる。それが余計にエリックを遠くの存在に感じさせる。


「えぇ。最近手品に折り紙で作った魚や鶴を使い始めたんですよ。それが大変ウケが良くて」


 指の運動が子供の脳の発達には良いと聞き、俺達はついでに感性も磨いて欲しいと願いを込めスクーピーに折り紙や塗り絵をプレゼントした。しかし塗り絵こそはすれどスクーピーはなかなか折り紙には興味を示さなかった。そこで俺達は様々な物を折る勉強をした。それでも未だスクーピーはほとんど関心を示さないが、それがここで違う意味で開花した瞬間だった。

 

「このまま行けばさらに依頼は増えるかもしれませんよ? いや~、正にうちのスクーピーは神様のような子ですよ」


 それは言わなくてもスクーピーは最初から神様! そしてこんな取り柄の無い俺にお恵みをお与え下さる貴方様は悪魔様! 世の中ホント何が神様か分からないね?


「ですからリーパーさんはそう焦らず、のんびり体を休めて貰えれば助かるのですが?」


 おぉ! なんとすんばらしい悪魔様! 休みをお与え下さるだけでも慈悲深いのに、さらにスクーピーという天使様と過ごせとはなんと御心が広い! しかしこんなに幸運を貰っては罰が当たりそうだ……


「どうしますか?」

「じゃあ休むわ!」


 こうして俺の八連休が決まった。


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