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ギフテッド

「リーパー。今日はもう上がれ」

「え? でもまだバラシ(解体作業)残ってますよ?」


 いつもお世話になっている橋梁現場もいよいよコンクリートの打設が終わり、養生期間を経て型枠の解体作業が始まった。この頃になると工期に追われ目を血走らせていた監督たちにも落ち着きが戻り、現場は穏やかな空気に包まれていた。そんな環境のせいなのか、現場責任者を任されている専務が俺の所に来て声を掛けた。


「良いんだ良いんだ、そんなの他の奴にやらせとけ。それよりリーパー、お前最近どこか調子悪いんだろ?」

「え? いえ、只の寝不足ですよ」

「寝不足? ほんとか?」

「えぇ。なんでですか?」

「最近お前顔色悪いぞ? 一回病院行った方が良いぞ」

「え?」


 最近夜な夜な来るスクーピーの襲撃により確かに調子は悪かった。それでも気力に溢れていた俺には気合でどうとでもなる程度だったのだが、専務からの病院へ行けという言葉に、そこまで酷いとは思ってはいなかった。


「とにかく今日はもう上がれ。そんなんで体壊したら勿体ないだろ」

「え、でも……」

「良いから上がれ。ちゃんと一人工付けとくから」

「……お疲れさまでした」

「お疲れ」


 ここでの仕事も覚え、現場内での人間関係は良好だった。そのうえ元大工の経験があり、少しだが左官屋でもアルバイトをしていた俺には、鳶、大工、鉄筋、左官、PC工のほぼ全てを自社で賄っているこの現場はやりがいもあり楽しかった。そんなお世話になっている会社だからこそ、専務の気遣いは有難く、辛辣だった。

 それでも午前中での帰宅にも関わらず一日分を付けてくれると言ってくれた専務に、まるで父のような優しさを感じ、言いつけ通り自分の体を大切にする事にした。


 この頃には信用を得ていた俺は日当は一万円貰え、専務からも家に来ないかと声を掛けられるほどになっていた。それは俺の頑張りによるものなのはあるのかもしれない。しかしこの地はあくまで一時的に身を寄せているだけであって、時が来れば去らなければならないという事実がどんどん俺の心を苦しめていた。


「ただいま~」

「あれ!? どうしたんですかリーパーさん!?」

「え? なんか顔色悪いから今日は帰れって言われた」

「え? 風邪でも引いたんですか? 確かにそう言われればそうですね……」

「いや分かんない」

「そうですか。でももしもがあるので……」

「おかえり~!」

「おぉ! お帰りスクーピー!」


 会社への恩、寝不足、貯蓄。社会人としてのストレスは俺の心と体を蝕んでいた。しかしスクーピーの笑顔を見ればそんな憂鬱など吹き飛んだ。それが家庭を持つという活力であり、子を授かるという喜びなのだろう。


「とにかくリーパーさん。今日はゆっくり休んで下さい。出勤するまでは私がスクーピーの面倒を見ますから」

「あぁありがとう。じゃあ風呂入ったら寝るわ」

「分かりました。では今お風呂を入れますね」

「頼む。よしスクーピー! 風呂が沸くまで俺と遊ぼう! 何して遊ぶ?」

「ええっ!?」

「え~かく!」

「ちょっ! リーパーさん!? 休んでなくて良いんですか!?」

「よし! じゃあ俺が騎士の絵を書いてやる!」

「うん!」

「エリック風呂は任せたぞ!」

「えっ!? ちょっ!」


 子供は正にパワーの源だ。例え血色が気持ち悪いと言われようが、この湧き上がるエネルギーの前では健康そのものだった。のだが、風呂に入ると猛烈な眠気に襲われ、風呂を出てからはそれでも何とかスクーピーと遊ぼうと頑張ったが、天を仰ぎ口を開け白目を向いてしまい、さすがにダウンしてしまった。

 ただその時布団に入ると、まるで天国にでもいるかのような心地良さに包まれ、普段寝つきの悪い俺には堪らない幸福感に満たされた事に、寝不足も悪くないと思ってしまった。


 ――――ドタドタドタッ! バサッ!


「うっ! ……なんだスクーピーか? どうし……はっ!」


 余程寝不足が溜まっていたようで、時間の感覚を忘れるほど深く寝入っていた。そんな俺の布団に突然スクーピーが足音を立て走り込んできた。これには眠っていても分かっていたようで大して驚きはしなかったのだが、何故スクーピーがこんな事をしたのかと思った瞬間、ゴゴゴゴというような音が聞こえ、地震かと驚き慌ててスクーピーごと布団を抱えた。しかし不思議な事に、状況を確認しようと頭を働かせると聞こえていた音は気のせいだったようで、部屋の中は何一つ揺れ動いてはいなかった。


「あれ?」


 多分寝ぼけていたせいで、スクーピーの足音で変な夢を見て地震と勘違いしたようだ。そう思いホッと胸を撫でおろすと誰か来ていたようで、玄関ドアが閉まる音が聞こえた。ただ閉めたのは多分エリックなのだろうが、かなり機嫌が悪そうで結構良い音を立てていた。


「なぁスクーピー? お前エリックに叱られたのか?」


 俺の目の前でエリックがスクーピーを叱っている姿は見た事が無い。だがもう親子と言っても過言ではないほどの関係になっている二人なら、俺のいない日中では普通の親子のようになっているのかもしれない。そう思って聞いたのだが、どうやらそうではないようでスクーピーは布団の中で違うと首を振った。

 それが先ほどのドアの閉まり具合に疑念を抱かせ、まだ少し寝ぼけてはいるが、エリックに話を聞こうと未だ怯えるスクーピーを残しリビングに足を向かわせた。


「なぁエリック? なんかあったのか?」


 リビングに向かうとやはり何かあったようで、エリックは腰に手を当てあっちを向いて怒っているという格好で立っていた。それはまるで絵に描いたような姿で、逆にその姿が本気で怒っているようには見えなかった。


「あ、リーパーさん聞いて下さいよ!」


 どうやらあの立ち姿は本当に怒っていたようで、もう言わずにはいられないのだろうか、まるで恋人に愚痴を言う彼女のようだった。


「どうしたんだよエリック?」


 正直気持ち悪かった。年齢は俺よりも上に見えるおっさんが、まるで少女のように詰め寄る姿は正直寝起きの俺には気持ち悪かった。これがもしヒーとかなら可愛いな~とか思うんだろうけど、正直キモかった。しかし今はパートナー。気持ち悪くとも今はエリックの機嫌を直す方が大切だと思い、愚痴を聞いてやる事にした。


「実はですね! 今ギフテッドとか言う変な人たちが来て! スクーピーを家に預けないかって来たんですよ!」


 あ~良かった~。「あのね!」とか言い出したらどうしようかと思った。エリック最近どんどん女性化しているから怖いんだよね。


「ギフテッド? 何だそれ?」

「特殊な子供たちを集めて、将来社会の為に貢献できる子を育てる民間の組織らしいのですが、スクーピーを渡せ! って言ってきたんですよ!」


 よ~分からんが、エリックにとっては相当頭に来る連中だったらしく、多分渡せとまでは言ってはいないのだろうが、もう脅迫でもされたかのような勢いで喋る。それでもすでに母親化しているエリックは俺の為に温かいお茶でも淹れてくれるのか、文句を言いながらもキッチンへ向かい湯を沸かし始めた。


「あ~、セイクリッド学院みたいなもんか?」

「そんな良い物じゃありませんよ! ただのテロ組織ですよ!」


 セイクリッド学院は、キャメロットにある由緒正しき学院で、世界中から優れた子をスカウトし、将来の英雄を育てるための学院だ。実際多くの著名人を輩出しており、例え貴族であろうとスカウトが無ければ入れないらしく、卒業すると王室騎士団や王直轄の組織などの一流職に就けると言われる超名門校。

 だが聞くところによると、セイクリッド学院に入れる場合子供は養子として奪われる事になるらしい。しかしその見返りとして多額の謝礼金が支払われ、例え養子として奪われても血縁関係は切れないため、ステータスを欲しがる一部の親には血眼になって我が子を育てる価値があるほどだ。


 でもそれをテロって? エリック相当血が上ってるね。


「まぁでも、仕方ないんじゃないか? スクーピーはエインフェリアだし、そのうえこんなに可愛いもん」

「何を喜んでるんですか! ほとんど誘拐犯に目を付けられたも同然なんですよ!」


 そんなに? それは言い過ぎじゃない?


「多分また来ますよ! ああいう連中は自分達の利益の為なら何でもしますからね!」


 エリック激オコ。怒り過ぎてそのうちまた真っ黒になるんじゃないの?


 余程スクーピーを愛しているのか、エリックの愚痴は止まらない。しかしもう母としての本能も止まらないのか、お茶の準備をする手も止まらない。


「そんなの相手にしなきゃいいじゃん。また来たら俺が追い返してやるよ」

「何を言ってるんですか! 私が言っているのはあの連中が来たよりもスクーピーがエインフェリアであることをどうやって知ったかですよ!」


 いやそこはあの連中の方だろ? もう怒り心頭で何に対して怒ってるのか分かってないよ。


「そんなのエリックがスクーピーば連れて買い物行くからだろ?」


 エリック自身はスクーピーをあまり人目の付くところに連れて行くなとは言っていても、結局日中買い物があるとスクーピーを置いてはいけず一緒に買い物に出ていた。しかしそれは社会勉強にもなる為、特に注意はしていなかった。


「それは仕方が無いじゃないですか! もしお留守番中に何かあったらどうするんですか!」


 結局良いお母さん! エリックってホント良い母親だよね~。


「なら仕方が無いだろ? それに前も話しただろ? 魔界だなんだ言っても、世の中には悪い奴ばかりじゃねぇんだって」

「それはそうですけど……」


 この間の休日、街でスクーピーの顔が見たいと言った区議会議員の夫婦の話はエリックにはしていた。そしてそれを聞いてエリックは、なんだかんだ注意はして来たが喜んでいた。

 そんな世の中はエリックも理解しているのか、カッカしてはいるが反論はしなかった。


「それにそう怒んなよ? お前熱くなりすぎてさっき魔力出しただろ? そのせいでスクーピー布団の中に隠れちゃったじゃねぇか?」

「えっ!?」


 先ほど聞こえたと思った地震のような音は、恐らく怒り心頭のエリックが無意識に魔力を出したからだろう。今になってあの不思議な感覚はその影響だと分かった。


「俺てっきりエリックがスクーピーば怒鳴ったのかと思ったぞ? 寝てる俺の布団にいきなり飛び込んできたんだもん」

「ええっ!?」


 どうやらエリックにとってスクーピーは、目に入れても痛くない存在らしく、それを聞くと大急ぎで寝室へ駆け込んで行った。そして嫌われたくないエリックは必死になって謝っていた。それは俺が腹を空かせ、「エリック飯は?」と聞くまで続いた。


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