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育児という名の魔物

「あれ? エリックはどこ行ったんだ?」


 良い気持ちでエリックの元に戻ると、もう勝手に帰ってしまったのか、そこにはエリックの姿も人だかりも無かった。


「う~ん……」


 一瞬もしやと思った。もしかしたらエリックはスクーピーがいなくなったことでやる気を失せた。もしくは予想以上に売り上げがあったため、既に豪遊に走ったのではないかと。しかしそうは思ってもあのエリックが俺達を見捨てるはずは無いと思い、トイレかどこかにでも行ったと思い待つ事にした。しかし待てど暮らせど奴は帰って来ない!

 それは次第に足も痛くなり、スクーピーも眠気に襲われだしても変わらず、いよいよスクーピーがぐずつきおんぶする羽目になったため、置いて帰ろうと思うまで続いたのだが、正にその瞬間を待っていたかのようなタイミングでエリックはひょっこり戻って来た。


「おいエリック。お前どこ行ってたんだ?」

「あ、すみません」


 俺が待たされた事よりも、スクーピーがこんなになるまで待たされた事に腹が立った。


「それよりも聞いて下さいよ!」


 何か良い事でもあったのかエリックは嬉しそうに言う。しかし俺達を待たせた事をそんな事といった事には余計に腹が立った。


「なんだよ」

「実はですね。私仕事を貰ったんですよ!」

「仕事?」

「はい。明日の夜からなんですけど、バーで手品を披露してくれって!」

「へぇ~」


 エリックにとっては喜ばしい事なのだろ。しかし今の不満爆発の俺にとっては早く帰ってスクーピーを布団に寝かせる事の方が大事だ。


「で、それいくら貰えんだ?」

「一万五千円です! それも賄い付きで!」

「一万五千!?」


 これには不機嫌さも吹き飛んだ。


 手に職を付けろとは言われるが、俺も付けとけばよかった! 俺の日収の倍だよ! 俺もせめて大工の年明けくらいしとけばよかった!


「いや~、正にスクーピーは幸運の女神ですよ。もし今日ここで手品をしていなければ、この先の生活はどうなるかと思ってたんですよ」


 ええっ!? 家って意外と火の車だったの!? 何ポロっととんでもない事口走ってんだよ!?


 余程仕事の依頼が嬉しいのか、エリックは上機嫌に話す。しかし上機嫌ついでに口も軽く、壊れた蓋並みに本心が零れ出す。


「正直スクーピーの物を買うだけで貯金のほとんどを使い果たしてしまいましたからね」


 ええっ!? だって十二三万はあったんじゃないの!? それ全部使っちゃったの!? どんだけ親ばかだよ!


「それに、欲しい家電もあったし……」


 家電は別に要らんだろ! こいつどんだけエイダールに毒されてんだよ!


「でもこれでまた軌道に乗りましたね! この勢いなら半年もあれば帰れますよ! それに私をスカウトしてくれたバーは有名な方も来られるようでして、上手くいけばもっと大きなステージに上がれるかもしれないんですよ! そしたら私は遂に夢に辿り着けるかもしれません!」


 まるで夢見る少女のように熱く語るエリックだったが、なんか完全に俺達とは違う遠い世界へ行ってしまったような疎外感があった。って言うか、こいつの夢って大きなステージでの手品だったの!? お前悪魔だろ! 悪魔なら魔王目指せよ!


 しかしエリックの愚痴は聞かなかった事にしても、これでやっとシェオールへの道が見えて来た。正直金の話が出てからは晩飯のおかずがちょっとずつ落ちていったり、米料理が多くなっているのにうすうす危機感を感じていた。そんな危機の中エリックの収入は大きい。


「あ、でも、そこで相談なんですが」

「な、なんだよ?」


 もしや俺にもっと高収入の危険な仕事に就けって話じゃないよね!? 確かにエリックの一万五千円聞かされたら俺の八千円なんて話にならないもんね!?


「私の仕事は朝には帰って来られるのですが、その間スクーピーの面倒を見て頂きたいんです」

「え? それは別に構わないけど?」


 あ、良かった! それなら全然問題ない!


「一応私は夕食を食べてから出勤して、朝食の準備までには帰って来られるのでリーパーさんの仕事には影響はないとは思いますけど、ただスクーピーはお昼寝をしているせいか、夜中にトイレに行きたがったり、たまに夜目を覚ましてそのまま寝付かない事があるんですよ。大丈夫ですか?」

「え? そうなの?」


 スクーピーって夜ってそうだったの? 全然知らなかった。


「はい。そうなると私が絵本などを読み聞かせていたんですよ」

「へぇ~」


 眠らなくてもいいエリックがいてくれて本当に助かる。それは普通の人にしてみればかなり大変な話だ。あ! 明日からそれを俺がしなきゃいけないんだった!


「本当に大丈夫ですか?」

「あぁ気にすんな。それにもうやるって言ったんだろ?」

「えぇ……」

「なら別に気にすんな。俺達は家族だ。全員で助け合って行こうぜ」

「はい。そう言ってもらえると有難いです」


 俺達は既に家族といっても過言では無いほど強い絆が出来ていた。そう確信した瞬間だった。だが愛しのスクーピーなら何の苦にもならないだろうと安請け合いした事を後日後悔する。


 ――数日後


「……え? ……なんだ、スクーピー?」

「ほんよんで」

「え?」


 エリックがバーで働くようになってから、深夜毎晩のようにスクーピーに起こされ、寝不足という魔物に苦しめられていた。

 それは酷いときでは二回も三回もあり、本日に関してはもうすでにトイレに一度起こされていた。


「……ほん」


 これがもし自分の血を分けた子供であったのなら恐らく怒っている。しかしスクーピーの境遇を知り、この子の為に頑張ろうと決めていた俺にはどうしても邪険に扱う事は出来なかった。


「この本で良いのかぃ?」

「……うん」


 スクーピーにとっても寝ている俺を起こすのは忍びないのか、唇を悔しそうに触り申し訳なさそうな表情をしていた。それでもやはり寂しさの方が上回ってしまうのだろう。それが証明されるように部屋のあちこちにぬいぐるみやらおもちゃが散らかり、スクーピーなりに一人で頑張っていたのが分かった。


「じゃあここにおいで。読んであげる」

「うん!」

「ある町に、何でもできる魔女がいました。何でもできる魔女はとても優しく、いつも困っている人を助けていました……」


 スクーピーは今読んでいる“何でもできる魔女”という絵本が大好きだった。この絵本の主人公は何でも出来ると言われるほど魔法が上手く、それを利用して街で困っている人を助けるという話だ。しかしそんな魔女も何故かケーキだけが食べられなくて、ある日一番になりたい魔女にケーキの大食い対決を申し込まれ泣き出してしまう。しかし最後にはケーキが食べられない事を打ち明けると、皆が何でも出来ると勝手に勘違していたと謝り、ハッピーエンドを迎えると言う話だ。

 それは神とも崇められるエインフェリアでありながら認められないスクーピーの心を表したような作品で、まるでスクーピーが温もりを求めているようにさえ感じていた。


「けーき!」

「うん。これは何ケーキ?」

「いちご!」

「そうだね……」


 でも実際はただの食い意地だったようで、スクーピーはただ単にケーキが好きなだけであった。


……何の話!? はぁっ! やべぇ! エリック早く帰ってきて~!


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