98話・観念なさいませ
アントンは私の迷惑など何も考えていない。でも私も彼には関心がないからお互いさまなのかな? そう思いながら、アントンのエスコートで案内の侍従について行く。侍従はある重厚なドアの前で立ち止まった。
「こちらで陛下がお待ちでございます」
そのドアの前には護衛兵が両脇に立っていて、ドアを開けてくれた。その先に玉座に座るリアモス陛下が待っていた。その陛下を守るように数十名の護衛兵が壁際に並んで待機していた。それに異様なものを感じる。陛下とアントンはどのような仲なのか知らないが、これでは警戒されているようなものだ。
私でさえ、そう感じたのだから彼が気づかないはずはない。でも、横目に伺ったアントンの態度には何も変化は感じられなかった。
その中で陛下の声は室内に明るく響いた。
「よく来たな。アントン。ユリカ嬢」
陛下は私のことをアントンの妻と呼ばなかった。この間、私が元妻だと言ったのを覚えていたらしかった。
「この度は……」
挨拶を紡ごうとしたアントンを片手で制する。
「堅苦しい挨拶はいらぬ。ユリカ嬢まで気を遣わせてしまうからな」
と、優しく言いながら、陛下はさて。と、アントンを見据えた。
「アントンよ。そろそろユリカ嬢を解放してはどうだ?」
「……?」
「アントンを捕らえよ」
陛下の言葉にこの部屋で待機していた兵が、その声にアントンを両脇から取り押さえた。他の兵が私に「こちらへ」と、声かけてきて壁際に移動させられた。
部屋の中央には、二名の兵に両脇を取り押さえられたアントンがいる。アントンは捕らえられながらも
「陛下。これは何のまねですか?」と、自分は何も悪くないのに、どうしてこのような目に合わなくてはならないのかと非難した。
陛下は、わざわざ玉座から降りてきてアントンに近づき言った。
「アントン。きみについてリギシア国から引き渡し要請が来ている。おいたが過ぎたようだな。きみは上手くやっていたつもりのようだが、仲間は捕らえてある。ここにはきみの味方は誰もいないよ」
「そんなはずは……!」
衛兵に捕らえられていても勢いのあったアントンに、焦りのようなものが見られた。
「もう観念なさいませ。アントンさま」
玉座の脇のカーテンの降りた入り口の方から、手首を縛られたアンナが兵に付き添われて出てきた。彼女は牢屋から引き出されてこの場に連れ出されたようで、顔色は青くやつれて見えた。
「アンナ。裏切ったのか?」
「初めから裏切っていたのはあなたさまではないですか? 私達を騙しておられた。陛下には温情を頂いたのです。全て私が知っていることを話せば、父や家の者には処罰を下さないと」
アントンが低い声を出す。それに対しアンナは、何の感情もこもらないような目で彼を見つめていた。
「残念だよ。アンナ。きみは私のことを一番、よく分かってくれていると思っていた」
「私も残念です。このような結果に終わって」
二人にしか分からないような言葉が互いの間で交わされていた。それを見て思った。もう終わったことだけど、やはり私という存在は、アントンの中でかすりもしなかったようだ。
玉座脇の出入り口と、部屋の中央で捕らわれている二人は言葉もなく見つめ合っていた。先に動いたのはアンナの方で、彼女は付き添われている兵の促しで、アントンから視線を離すと、カーテンの向こう側へと連行されて行った。
「これで良いか? ガーラント伯爵」
「ご協力、感謝致します」
陛下が、私達が先ほど入室してきたドアの方へ声をかけると、元舅のデニスが配下の者達を引き連れて乗り込んできた。




