92話・この屋敷に監禁されていた裏側では
「私達がここにいた使用人と入れ替わった時には、ユリカさまはあるお部屋に籠もられた状態になっていて、なかなかお側に近づけなかったものですから。フィオンさまはユリカさまの健康状態を心配して、アントンさまの目を掠めてユリカさまの部屋に度々ネグロを向かわせ食べ物を運ばせていたのですよ」
「だからネグロが通って来れたのね? 納得したわ」
「お食事もアントンさまから指示されたものを作ってましたけど、なるべくユリカ様が好む味に近づけて用意していたようでしたよ。フィオンさまは」
「食事はフィオンの作ってくれたものだったのね?」
「ええ。ホロホロ鳥の唐揚げは、実はフィオンさまの得意料理なんですよ。私達もあの後、食べさせてもらいました」
ドーラは誇らしげに言う。
「でもあの時、あなたアントンに毒見を言い渡されてなかなか食べようとしなかったけどどうして?」
「当たり前ですよ。ユリカさま。あの唐揚げを食べたら美味しすぎて、味見をしただけで自分が満足できるか自信がなかったものですから。もちろんフィオンさまには、ユリカさまの現状報告も兼ねてご褒美に特別に揚げてもらいました」
あの時のミールが震えて見えたのは、毒見役を恐れていたのではなくて一つで我慢できるかどうかの瀬戸際だったらしい。
「さすがはドーラね」
「ですから安心して養生して下さい。ユリカさま。私達が側に付いていますからね」
「ドーラ……」
私は、ここには自分の味方など誰一人としていないと思っていたから孤独を感じていた。助けが来るまで一人で戦い続けなくてはならないと思いこんでいた。それなのにこうしてすぐ側に味方がいただなんて。
それならなぜ、すぐに救出してくれなかったのだろうと思ったら、ドーラに謝られた。
「お許し下さい。ユリカさま。まさかアンナがあなたさまに危害を加えることになろうとは思ってもみませんでした。お側を離れていた隙を狙われてしまうとは思ってもいませんでした。ユリカさまが刺されたのは私のせいです」
「あなたのせいではないわ。あれは不可抗力よ」
「ユリカさま」
「でもちゃんと私の怪我の手当てはしてくれたのでしょう? お腹なんて包帯がぐるぐる巻かれているもの」
私が刺されたのはわき腹だ。その周辺はしっかりと包帯が巻かれていた。手でその辺りを触れると薬の匂いが鼻をついた。
「はい。不肖ながらユリカさまの傷の手当をさせて頂きました。これでも医学を学んでまいりましたので。幸い傷は浅かったのでここ二、三日で傷口は塞がると思います。でもしばらくは安静にされていたほうがいいですよ」
「医療を学ぶって? あなたって何者なの?」
「駆け出しの医者です」
「それがどうして侍女に?」
想像もつかない。ドーラは女医さん? それがどうして侍女を?
「それには色々ありまして……」
あはは。と、ドーラは誤魔化すように笑った。そこには触れて欲しくなさそうだ。




