88話・アントンの嘘
この間、彼が落としたロケットペンダントを拾い上げてからというもの、あのペンダントが頭の中にちらついて離れなかった。私の思い違いなどではなかったなら、もう一つはあるお方の胸元で輝いていたのを見た事があるからだ。
その方はこのペンダントを仲の良かった今は亡き、彼の母も持っていたと明かしていた。お互いの絵姿を入れていたのだと言っていた。その御方の持つロケットの中にはアントンの母の絵姿が、アントンの母の持つロケットの中にはそのお方の絵姿が入っていたと。
そしてそれをアントンが持っている。恐らく彼は亡き母親の形見として受け継いだのだろう。それを持って彼がここにいる意味は? と、考えたら良くない意味でしか考えられなかった。
「ペンダントに気付かれるとはな。知っていたのかい?」
「以前、お義母さまが教えて下さいました。今は亡き親友とお揃いで持っていたものだと。そのロケットの中にはお互いの絵姿を入れていたとも聞きました」
私の言葉を聞いてアントンの顔が歪む。やはり義母が関係しているのだと知れた。
「アンナにお義母さまのことを話したのですか?」
「いいや、アンナは知りたがっていたが会わせたことはないよ。私はあの人を嫌っていたしね。いいところまで近付いたが気が付いた節もない。きみはいつから気がついていたんだ?」
「あなたのその持っているペンダントの絵姿を見てその意味を考えた時です。あなたの実のお母さまは、メネラー公爵令嬢の侍女をしていたと聞いていましたから」
私は自分の誕生日の夜。寝付かれずにいてフィーと語り合った時のことを思い出していた。あの時、フィーが話してくれたことは、アントンの母がメネラー公爵令嬢の侍女を勤めていて、令嬢が嫁ぐ際に同行したと言う話だ。
そしてその日に奇しくも義母からは、アントンの亡くなった母とは親友同士で、お互いのロケットペンダントの中に、互いの絵姿を入れていたと聞いていた。
その後、この屋敷に来てアントンが落としたペンダントを拾い上げてから、頭の中に閃くものがあった。義母と仲の良かったアントンの母。義母を嫌うアントン。追手に追われていて義母と共に蔓屋敷に隠れ住んでいたフィー。
その関係性を考えた時に、頭の中に浮かんだことがあった。それを確認する為に聞かずにはいられなかった。
「あなたはまさか、メネラー公爵令嬢を捜していたトロイルの者達に接触し、そのロケットの絵姿を見せて油断させ、自分がその令嬢が産んだ王子だと思わせているとか?」
そう問い掛けながら信じたくはなかった。彼はリギシア国で近衛総隊長職にまであった男だ。王族に忠誠を誓う男が他国とはいえ、トロイル国で騙り者になり下がるとは思いたくなかった。
「さすがだ。きみの推理通りだよ。そのおかげできみも命拾いをした」
「皆があなたをトロイルの亡き王太子の息子と信じているのですね? この屋敷の者たちも?」
「ああ」
アントンは満足気に頷いて見せた。
「アントンさま。なんてこと……!」
アントンの肯定により私は膝から崩れ落ちそうになった。王族の血を引いていると皆を騙したのだ。真相がばれたなら偽証罪に問われ、断頭台に送られかねないものだ。
その妻と思われている自分は、自分のお陰で命が助かった。と、アントンは恩着せがましく言ったが、何も知らない者から見れば、私も共犯者のようなものではないか。この屋敷の使用人達のように。
実際のところは、誘拐されて監禁されている状態なのに。




