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86話・最低最悪な男

 それからの食事の時間は、アントンと必ず顔を合わせるようになった。何の因果なのだろう? リギシアにいた頃は、アントンと顔を合わせて食事する機会なんて全くなかった。彼は仕事が第一で、ノアや私のことを二の次に考えていた。だから屋敷ではノアと二人で食事をしていたというのに、今は嫌でも彼と食事する時間が沢山あるなんて憂鬱だ。


 見れば微笑ましい夫婦にでも見えるのか、侍女達を始め、ここの使用人達には好意的に見られている。一度屋敷から抜け出そうと試みた事がある。でも、失敗に終わった。皆がアントンに上手く言い含められているせいか、私が部屋を出るとどこへ行くのかと目を光らせ、ちょっとでも怪しい行動があると「旦那さまが」と、取り縋ってくる。


 私がアントンとアンナの事で臍を曲げているとでも思っているようなのだ。それに対し、アントンは奥さまに深く反省し、再構築を図ろうとしているいじらしい旦那さまとでも思われているようで、皆がその旦那さまを応援している図となっている。


 皆が必死になればなるほど、私の心は冷え切ってなんだこの茶番。と、しか思えない。アントンはどのような手を使って皆を信じ込ませたんだろう?

 目の前で妻を悲しませる行動を取り、大いに反省中の夫を演じているアントンに付き合わされているこちらの身が持たない。早くフィーが助けに来ないかと思いながら、慣れない蒸した蟹の殻と格闘していたら、向かいの席にいるアントンが見かねたように声をかけてきた。


「ユリカ。取ってやろうか?」

「お願いします」


 蟹の身が上手く取り出せなくて苛立ってきたので、彼の申し出をあり難く受けた。ここは上手な人にお任せするに限る。食事の時間を、慣れない作業に費やすだなんて実に勿体無い。これ以上、手を汚さずに美味しいものが食べられるのなら助かる。

 アントンは私からお皿を受け取ると、お皿の中の蟹から身を綺麗に引き出してみせた。


「凄い。慣れているのですか?」

「まあ、ここに来てからほとんど甲殻類の料理ばかりだったから」


 彼の手馴れた様子に感心すると、照れたようにアントンが言ってきた。リギシア国では肉料理がメインの料理が多い。このような海鮮物が食事に上がる事などほぼない。

 蟹が食卓に上がってどうやって食べるのかと思ったら、アントンが「こうして食べるんだ」と、蟹の足を折ってきゅっと身を取り出して美味しそうに頬張って見せたので、挑戦してみたが、中身が上手く出てこなくて手が無駄に痛いだけだった。


 アントンの手元を見ていたら、蟹を綺麗に解体してくれて、後はフォークで刺して食べれるようにしてくれていた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 なんだか調子が狂う。今まで食事時にアントンはいなかったし、彼との夫婦の時間もそんなになかったから、彼に世話を焼かれることに慣れていない。落ち着かないものを感じた。


「こうしているのが妙な感じですね。私はいつもノアと一緒にいたから」

「私は仕事優先で、きみにノアを任せきりだったからな。ここではなるべくその頃の埋め合わせをしたいと思っている」

「埋め合わせだなんていりません。結構ですわ」

「きみの気持ちは分かっているつもりだ。でも、きみに誤解されたままではいたくない」

「アンナのことですか? あなたは関係ないと言っても、彼女は未練たらたらでしたわ。彼女に期待させるようなことをしたのでしょう? 私の誤解を解く前に、彼女への誤解を解くのが先だと思いますわ」

「やれやれきみには敵わないな」

「誤魔化さないで下さい。私もアンナも、あなたにとっては都合のいい女扱いしていただけでしょう?」


 私から見たアントンは最低最悪だった。後妻に迎えた私をなさぬ仲の息子の世話係として扱い、密偵として近付いたアンナを性欲解消の為に利用していただけだ。女を何だと思っているのだろうこの男は。

 アントンという男は狡猾だった。見た目が良いだけに、女性から好意を抱かれる事を意識して行動しているような部分が感じられた。


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