83話・私の方が彼に相応しいのに
「なぜ、あんたなのよ。私の方が彼に相応しいのにっ」
「止め……っ」
二人で揉み合っていたら、サイドテーブルの上に乗っていた花瓶が私の袖に引っかかり、大きな音を立てて床に落ちて割れた。その音に隣室で控えていたミールが、何事かと数名の侍女と共に顔を出した。
「いかがなさいました? 奥さまっ」
彼女はアンナに掴みかかられている私を見て目を剥くと、すぐに他の侍女達と一緒にアンナを止めに入った。
「おやめ下さい。アンナさま」
「どうしてよ? どうして、私なの?」
アンナは私と引き離された。侍女達は私の前に盾のように立ちはだかる。それを見たアンナは忌々しそうに言った。
「何よ。あなた達だって私の事を、この屋敷の女主人として認めていたのに?」
「……それは、私達は事情を知らなかったものですから」
「この女に何か吹き込まれたんでしょう?」
自分の仲間だと思っていた侍女達の手のひら返しに、アンナはふんっと鼻を鳴らした。ミールは他の侍女と顔を見合わせてから、皆を代表したように言う。
「私達は先日、旦那さまに呼ばれました。そこで奥さまのことを伺いました。自分が不実な行動を取ったせいで奥さまであったユリカさまを深く傷つけてしまったと嘆かれていました」
「嘘よ。そんなの。それじゃ、私が悪者みたいじゃない」
「旦那さまはユリカさまとやり直したいとご希望です。アンナさまは仕事の上の協力者だったが、その分を越えてプライベートにまで口出してきて困っている。もし、彼女の悋気でユリカさまが気分を害することがあったなら、遠慮なく言ってきて欲しいと言っておられました」
なるほどアントンは先に手を打っていたらしい。そのせいでミールから、顔色を窺われるようになっていたのかと納得した。ミールは私のことをあんた呼ばわりしていたので、アントンからそのような事を言われて怖気づいたのだろう。
女主人として仰いできたアンナが間違っていて、自分が非難した相手がその女主人となる人だと聞かされては、失礼なことをやらかした後だけにやり難かったに違いない。
別に私は復縁を望んだ訳ではないけれど、アンナの事は許せなかった。にらみつけていると、ミールが非情にも言い渡した。
「さあ、アンナさま。出て行ってください。これ以上、ユリカさまに何かする気でしたら旦那さまにご報告申し上げます」
「分かったわよ。出て行くわよ。こんな所、何よっ」
アンナは忌々しそうに毒づくと部屋から出て行った。私の幸せを壊した女の去り際の姿は、誰も見送らない寂しいものとなった。




