82話・内輪揉めに私を巻き込まないで欲しいのですが
翌日。苛立った様子のアンナが部屋を訪れた。
「ユリカさま。どういうことですか?」
「何かしら?」
彼女が怒っている理由に思い当たる事はない。アンナとはしばらく顔も合わせてなかったから突然、訪ねてこられて「酷いじゃないですか」と、顔を見るなり詰られたのは気に障った。
「アントンさまからここから出て行くようにと、言い渡されました。あなたが何か言ったのですね?」
「私? 私は何も言ってないわよ。貴女はあの人と深く愛し合っている仲なのでしょう? あの人が捨てた女のことなど気にかけるはずがないのは、貴女が一番良く知っているのではなくて?」
「ではなぜ急にアントンさまは私に出て行けなんて言うんですか?」
アンナがアントンに出て行くように言われた? 初耳だ。でも彼女は、私がアントンに何か言いつけたせいだと決め付けていた。完全な濡れ衣だ。内輪揉めに私を巻き込まないで欲しい。
「知らないわ。そんなのあの人に聞いてよ。貴女もあの人に振り回されただけだったんじゃないの? 貴女が思うほど、あの人は貴女のことを愛してなかったってことじゃない?」
「そんなはずは……」
「ないと言えるの? 貴女は私と同じ立場になったのかもしれないわ。あの人に飽きられたんでしょうよ。お気の毒さま」
私の指摘にアンナが膝から崩れ落ちる。なんだこれ? そろそろネグロが来そうだから、出て行って欲しいのに。まだ居座る気?
私の口調もきつくなってきた。仕方ないか。もともとアンナは私の家庭を壊したんだし、優しくする必要はないよね?
「アントンさまはこの国で知り合いがいません。頼りとなるのは私だけなのに」
「ここに来た当初はそうだったかも知れないけど、しょっちゅう宮殿に顔を出しているようだから、権力者とお近づきになれたのではないかしら?」
そうなるとヤドリギとしていた貴女に見切りを付けたのかも知れないわね。と、言ったら顔が青くなっていた。以前は姉のように慕っていたアンナだったけど、今の彼女を見ても心は一ミリも動かされる事はなかった。
目の前で「こんなはずではなかった」と、呟く彼女は醜悪で見ていられなかった。そこに私が頼りにしていた侍女の姿は一切見えなかった。
変な所で融通が利かない彼女はあの人と似ているようだ。私がため息を漏らすと、アンナがキッと睨んでくる。
「やはり、ユリカさまはアントンさまと寄りを戻していたのでしょう? 昨晩、アントンさまがあなたの部屋を訪れた事は知っています。だから私を二人で追い出そうとしているのですね?」
「貴女もあの人にとって不釣合いだったんじゃない? 私は子供の世話係として需要があったけど、閨でしか用途のない貴女は飽きられたとは考えないの?」
面倒くさい女だ。私はこんな彼女を慕っていたのかと、自分を情けなく思った。アンナが侍女として私の側にいた時は、私が望む姿を演じてきたに過ぎなかったことを、嫌でも思い知らされた気分だった。
その思いに区切りを付ける為に彼女に言い返すと、彼女は酷いっと言って、私の胸元を掴んできた。




