81話・きみはフィオンが好きなのか?
「きみはフィオンが好きなのか?」
「誰がそのようなことを?」
聞き返しながら内心、アントンに私の気持ちが知られているのでは? と、動揺した。アントンは懐かしむように言った。
「きみは子供の頃、フィオンと一緒にいたじゃないか」
「どうしてそれを……?」
アントンは、私達が幼馴染なのを知っていたようだ。
「私はその頃のきみ達を見かけた事がある。きみ達は森の中で遊んでいたよね? きみ達はいつも二人でいた。だからよく目立っていた」
「アントンさまも森の中で会った事が?」
「いいや、私は遠目に見ていただけだ。父が他の子供達と楽しそうに食事をしているのを見ていた」
「……!」
私はその言葉にあることを思い出した。フィー達がその頃、住んでいた屋敷はアントンの亡き母が静養していた屋敷で、その屋敷をガーラント将軍から提供されて隠れ住んでいたのはフィー達、母子だったことを。
アントンが何かしらの理由でこっそり訪ねて来ていたとしても不思議はない。そこで彼は自分の父親が、フィーの乳母が子供達に振る舞ったシチューのご相伴に預かった所を目撃していたわけだ。
それを聞かされて、何となくアントンがフィーに対し、面白く思ってなかったのが知れたような気がした。
「もしかして私との結婚を承諾したのはフィーへの、フィオンへのあて付け?」
「いいや。再会した時には、きみがあの時の少女だと気がつかなかった。あの時よりきみは綺麗になっていたから」
「良かったですわ。もし、あて付けに結婚しただなんて言われたら、どうしようかと思いましたから」
「そこまであいつには関心がない」
「だったら、放って置いてくれませんか? 貴方は私達を捨てたんです。その私達がどう暮らそうと関係ないじゃないですか? 私をノアの元へ帰して」
「ノアはきみにとって実の子でもないのに、どうしてそこまで熱心になれる?」
「貴方は他人事のように言うのですね? ノアが貴方に会えなくてどんなに寂しがっていたか知っていますか?」
「貴族ならば当然の事だ。両親が家にいない者だってざらにいる」
貴族の結婚とは、お互いの家の結びつきによって成り立つものだから、そこに愛がない夫婦も存在する。私は両親が仲睦まじかったから幸せな家庭を知っていた。自分も出来る事なら両親のような、お互いを思いやれる家庭を築きたいと思って嫁いだ。
アントンの発言から、彼はそのように望んでなかったようだ。私の空回りだったようだ。だから夫婦生活は破綻したのだろう。
「ノアは私の子です。貴方には渡しません」
「……」
「部屋から出て行ってくれますか?」
アントンは私の言葉に目を見張り、大人しく従った。彼が背を向けたところで床の上に銀の宝飾のついたペンダントが落ちているのに気が付いた。私のものではない。この状況からいって落としたのはアントンに違いなく、声をかけた。
「アントンさま。落し物ですわ。これは……!」
「返せ」
拾い上げたペンダントはロケットペンダントになっていて、蓋が開いてしまっていた。その中に見覚えのある女性の絵姿が収めてあった。このペンダントは初めて見た気がしない。どこかで見たことがあるようなと記憶を探っていると、アントンが引っ手繰るように奪った。
彼の慌てた姿を見るのはこれが初めてかもしれない。不安を覚える私に、彼は「口外無用」と、だけ告げて退出した。




