80話・馬鹿にするのもほどほどにして頂けませんか?
どのぐらい寝ていたのだろうか? ベッドの急な傾きと、バサバサという羽音で目が覚めた。部屋の中は薄暗かった。いつの間にか夜になっていたらしい。
「うわあっ」
「な、なに?」
突如上がった男性の悲鳴のようなもの。上半身を起こすと、寝台脇で誰かが鳥に襲われていた。
「ネグロ?」
ネグロはまだ帰らずに部屋に残っていたらしい。そのネグロが大きく羽を広げて威嚇し、嘴で突いている相手を見て目を見張った。
「アントンさま? ネグロ。止めて」
なぜ私の寝室に? と、思うよりも、ネグロの取った行動でアントンに被害が及ぶと、のちに面倒だという思いが働いた。ネグロは私の声に従う。
「これは何だ?」
ネグロからの攻撃が止んで、やれやれと立ち上がったアントンはぼろぼろだった。ネグロは私の足元に来て「ガアガア」鳴いて威嚇を続ける。それを見てアントンは顔を顰めた。
「私の優秀な護衛ですわ。貴方さまはどうしてここに?」
「いや。なに。きみが一人寝が寂しかろうと思ってね」
その言葉にもしかしてと疑いを持つ。あのシチューを食べた後、急に眠くなったのだから。
「あのシチューには眠り薬でも盛ってらした? 最低ですわ」
「こうでもしないと、きみに触れる事は出来ないだろうと思ってね」
アントンは認めた。悪びれもしない態度に苛立つ。
「ミールに命じたの?」
「ミールって? ああ、さっきシチューを運ばせた侍女か。いや、薬を入れたのは私だ。彼女がシチューを温め直すと言うから、すでに用意してあった物を温めて渡した」
用意周到なことだ。普通なら屋敷の主が客人の為に一々、料理を温め直すなんてしない。ミールは、アントンがアンナの前でも私を構っていたのを目撃しているし、私から二人の関係を聞かされて知っている。
恐らくアントンの行動は、別れた妻への罪滅ぼしもあるのだろうと思ったはずで、主人から手渡されて不審にも思わず、私のもとへ運んできたのだろう。
道理で彼女の戻りが早かった訳だ。
「きみは私を好きだったはずだろう? それなのに再会してから避けているようだったから」
私はアントンの子供じみた言い訳に頭が痛くなってきた。こんなに愚かな人だっただろうか? 眠り薬まで使って私を襲おうとしただなんて。
「お目出度いお方ですわね。妻や子を捨てて、他の女と手に手をとって駆け落ちした男のどこを好きになれと? あの時に私の貴方さまへの思いは綺麗さっぱり消え去りました」
「済まなかった。それには訳があったのだ。けしてきみを蔑ろにした訳じゃない。アンナとは何でもないんだ」
「アントンさまは、私が何も知らないとでも? 馬鹿にするのもほどほどにして頂けませんか? それではアンナもいい気がしないと思いますわ」
「ユリカ」
「もう私は貴方さまのことは何とも思っていません。お二人がこの国で一緒になろうが関心はありませんわ」
私はアントンと復縁する気はない。彼がアンナと結婚するならそれで構わないと思っていた。でも、ノアだけは渡す気はないけど。




