79話・秘密の味方
「あの……。奥さま」
「奥さまと呼ばないで。何よ。何か御用?」
「あの、お食事を召し上がられてないので……」
ミールがおずおずと声を掛けてくる。
「食べたくないのよ。放っておいて」
「体に悪いです。スープだけでも召し上がられませんか?」
「なぜ? 私はあなたの慕うアンナさまの敵なのに?」
私を非難していたミールは、あれから私を非難する事はなくなり、逆にこちらの顔色を伺うようになってきていた。アンナに何か言われたのだろうか? 私が部屋に籠もるようになり、食事を全然口にしないのを見かねてか五日目に口を出してきた。
アントンは屋敷を留守にしているようで、三人で食卓を囲んだのはあれきりで呼び出しもなかった。アンナは訪ねてくる様子もなく私としてはあり難かった。
私はしばらく一人になりたかった。ミールは私が真相を告げた事で、罪悪感を感じていたのか放って置いてくれなくて、何時間か置きに様子を見に来ては、まだ口を付けていない食事を目にして勧めてくる。
「どうしたら食べてくれますか? お願いします。一口だけでも食べて下さい」
「じゃあ、スープを温め直してきてもらえる?」
「分かりました」
ミールはワゴンにスープ皿を載せ、部屋を慌ただしく出て行った。それと同時に窓をツンツン叩くものがいる。カラスのネグロだ。
「ヒヤヒヤしちゃったわ。でもネグロはお利口さんね」
窓を開けてやると、カラスが部屋の中に入ってきた。
「今度は何を咥えてきたの?」
ネグロは「カア」と、鳴いて口に咥えてきたものを離した。ネグロの足に結ばれている手紙を私は胸元に入れた。
「ネグロ。ありがとう」
ネグロがちょこちょこと部屋の中を歩き回る。その姿に癒されるわ~と、思いながらネグロの運んできてくれた蒸かし芋を口にする。このお芋は皮ごと食べられるので助かる。証拠隠滅出来るしね。
ネグロは他にも菓子や、果物を運んできたが、ゴミが出るときには嘴に挟んで飛び去ってしまうので後には何も残らない。実に賢いカラスだ。
飼い主が躾けたに違いないのだけど、人間より賢いかもしれない。
初めてネグロが私のいる部屋の窓をトントン叩いてきたのは、気分悪くも私がアントン達と食卓を囲んだ日。食欲が失せて部屋に戻って来た後に、ネグロが窓の外にいたのだ。その時にネグロは、フィーからのメッセージを運んで来てくれた。
『必ず助ける。待っていろ』
その言葉に私は励まされた。その後、ネグロはすぐにまた飛んできて、袋入りの焼き菓子を運んできた。それからは一日に一回、必ず食べ物を運んで来てくれるので、それが楽しみになって、この屋敷で出される食事に関心を向けなくなったのがいけなかったかもしれない。全然食べなくなったら逆に怪しまれるかもね。
「ユリカさま。温めてきました」
「そう。ありがとう」
思ったよりも早くミールが戻ってきてしまった。部屋の中にいるネグロを隠そうとしたら、こちらの意を汲んだようにネグロはベッド下に隠れてくれた。察しの良いネグロには感心する。
スープはミルクシチューで魚介類が入ったものだった。それをスプーンで掬って口に含んだ時に、にがりのようなものを感じた気がしたが、それだけで後は美味しかったので完食した。それを見てミールが安心したような表情を浮かべてお皿を下げる。
「下げてまいります」
「何だか眠くなって来たから、しばらくここには誰も寄せ付けないで」
「畏まりました」
ミールは私の言葉に頷くと、ワゴンを引いて出て行った。お腹が膨れた私は眠気に襲われてベッドの上に転がった。




