76話・私を殺すの?
チチチチ……。
「奥さま。おはようございます」
頬の辺りに日差しが射した感じがして、目蓋を起こすと小鳥の泣き声と共に、聞き慣れた声がした気がした。まだ夢でも見ているのだろうか? だとしたらずい分と都合の良い夢だ。私が信じていた彼女の声がしたのだから。
完全に目が冴えてくると、天蓋付きのベッドの中に寝かせられている事に気が付いた。見慣れない部屋だ。ここはノアと暮らしていた王都の屋敷の部屋でもなさそうだし、父の屋敷とも違う。
見知らぬ場所にいることを訝り、記憶を振り返ると、父の領地の材木の検分をしている場所で、私は検分人に口元にハンカチらしきものを押し当てられて意識を失ったことを思い出した。
「ここはどこ?」
意識を失ったことをいい事に、あの者たちにどこか知らない場所へ運び込まれていたようだ。この先が想像もつかないでいると、脇から声がした。
「トロイル国の王都の外れにある屋敷です。旦那さまがこの国の陛下から賜りました」
天蓋ベッドの中にいる私の視界に入り込むように、前に進み出た女の顔を見てあ然とした。彼女は私が見知った侍女姿ではなく、貴族令嬢の姿で現われた。
「アンナ……!」
「お久しぶりです。奥さま」
「なぜここにあなたが?」
「昨日、あなたさまは私達の仲間に薬を嗅がされて、ここまで運ばれてきたのです」
アンナと再会して喜ぶような気持ちは私には無かった。おそらくアンナも同じ気持ちだったに違いない。彼女も再会を喜んでいるようには思えなかった。
「帰してよ。今すぐリギシア国へ。私をノアの元へ帰して」
「残念ながらそれは無理です」
「どうして」
私を勝手に連れて来ておいてどういう事なのかと、アンナを詰るように見れば、彼女は口惜しそうに告げた。
「アントンさまのご意向だからです」
「あの人の? だからどうだと言うの? あの人には会う気もないわ」
「それは酷い言い草だな。きみとは夫婦だと言うのに」
横から挟み込まれた男性の声。天蓋ベッドの外にはアンナ以外にもう一人男がいた。その男と目が合った。
「アントンさま。お懐かしゅうございますね。私とノアをお捨てになられた貴方さまが、私の顔を覚えてらしたとは驚きですわ」
「きみは会わないうちに、随分と皮肉が上手になったものだ」
「頼りにしていた旦那さまと、信頼していた侍女に裏切られたのですもの。いつまでも悲劇のヒロインで居る訳には行きませんわ。多少なりとやり返さないと、私の気が済みませんもの」
「きみは従順な女だったと思うのだけど? やれやれ困ったな」
「何をする気?」
「きみには何もしないよ。ただ、仲間があの国へ入り込んでいる事を知ってしまったからね、そのまま帰す事は出来ないかな」
そう言いながら、彼はベッドに腰を下ろしてきて、私は身構えた。
「緊張してるね?」
「私を殺すの?」
フフフ。と、アントンは笑った。




