73話・もどかしい関係
「ねぇ、あなた。いっそのこと、ノアくんを私達の養子にしたらどうかしら?」
「お母さま?」
私達は血が繫がらないとはいえ、気持ちの上では母子だ。ノアを養子に迎えたら私とノアは義姉弟になる。
「だって、ノアくん。こんなにもユーリのことを慕っていていじらしいじゃない。ノアくん、きっとあなたと暮らしたいに違いないわ。あのアントンさまは、帰ってくるかどうか分からないんでしょう?」
それにあなただって、アントンさまには見切りを付けて離婚したんじゃないの? と、母が言う。両親には義父が離婚の詳細を話してくれていたから、二人とも事情は分かっている。
母は子持ちでありながらも、近衛総隊長という重要な役目についていたアントンはしっかりした人物だと思っていた。
お見合いの日に毅然とした態度の夫を見て「お相手の人は素晴らしい方だとは思うけど、マイペースのあなたには立派過ぎない? 大丈夫かしら?」
と、心配していただけに、その夫が信頼していた侍女と駆け落ちをしたと聞かされた時には、大きなショックを受けていた。そして今回、離婚して帰って来た私を労わりつつも、後に残されたノアのことを母なりに心配していたらしい。
「あなたがノアくんを引き取るなら、別にそれでも構わないけど?」
「ノアはガーランド家の当主になる子よ。私が引き取ったならこの子の将来が失われてしまうわ」
バイス家は、低位貴族だけども富はある。ノアを引き取ったとしても一生、生活には困らないだろう。でも、貴族階級はガーランド家よりバイス家は劣る。しかも長兄がバイス当主となっている今、私がノアを引き取っても、彼の未来にはいい影響をもたらさないのは明らかだ。
「あなた、何か良い案はないの?」
「そうだなぁ。再婚したらどうだ?」
「あなた」
「いや、ユーリもまだ若いし、子連れ結婚でもいけるんじゃないか?」
父の暢気な発言に母が眉毛を釣り上げたが、私は父の発言を聞いてフィーのことを思い出し、胸が痛んだ。私はこの半年間、ノアと離れて暮らすことを選択したことを激しく後悔していた。
やはり勝手だけどノアと暮らしたい。ノアさえ良ければやり直したい。その為の選択肢の一つと思えば、出来ない事もないような気がしてきた。
「ガーラント伯爵からは、一時的にノアくんを我が家でお預かりすることになった。ユーリはその間にゆっくり気持ちの整理をしておいたらどうだ?」
離婚したのも色々、考えてのことだろう? と、父は言う。
「私、離婚したのは間違ったのかもしれない」
「ユーリ。人間は誰しも正確な答えを導き出すとは限らないよ。後悔なんて言葉があるぐらいだ。でも、ノアくんのことを考えての行動だったんだろう? おまえは身辺を綺麗にしてからと思ったんじゃないのかな?」
「その通りよ。お父さま」
夫がアンナと駆け落ちしてから、私の心は救いを求めるようにフィーに傾いていた。それは幼馴染の距離よりも、もっと近いものになりつつあった。それが怖かった。フィーは好意を隠しもしなかったし、彼としては私とノアの面倒を見てくれそうな雰囲気はあった。
でも、実際はどうでも夫は静養中とされている。その夫が静養中に義弟といってもフィーと噂が立てば、ノアは中傷に晒される。それはもっと怖かった。
貴族社会はお金と暇を明かした人が多く、こういったゴシップ好きな人が集っている。どうでもいいような事を大きく取り上げて、口煩く囀るのだ。
私が嘆息を漏らしたのを見て父が呟いた。
「もどかしいな」
父のその一言は、私とノアとフィーの関連性をさしているような気がした。




