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72話・どこにも行かないでね

「おひさしぶりです。バイスのおじいさま、おばあさま」

「デニス殿から話は聞いていたよ。よく、遠いところを来たね。ノアくん」

「ノアくん。大きくなったわ。我が家だと思ってのんびりしていってね」

「はいっ」


 私の両親もノアの訪れを歓迎した。ノアは元がついても孫のようなものだ。アントンと結婚した当初は、二度ほど王都の屋敷を訪ねて来てくれていたけど、長兄に父が爵位を譲ってからは領地に引っ込んだので会わなくなっていた。

 ノアと最後に会ったのは二年ほど前になるから、二人はノアの成長を眩しく見つめていた。


「ノアくん、お腹空いてない? お昼は食べたの?」

「こちらにくるとちゅうで、すませてきました」

「そう。ノアくんはラズベリーは好きかしら? 今、丁度パイを焼いたところなのよ。食べる?」


 応接間に通されて、ノアは大人しく私と三人掛けのソファーに並んで座った。その真向かいの椅子に私の両親が並んで座る。ドーラとキランは私達一家に遠慮したのか、隣の部屋で待機していた。

 そこへ侍女がお菓子とお茶の乗ったワゴンを運んできて皆の前に置くと、母がノアにパイを勧める。母は貴族の夫人には珍しく、お菓子作りが趣味で手作りしたがる。今日はラズベリーパイが上手く焼けたと大喜びしていた。


 母はお菓子作りが得意だから失敗なんて滅多にしないはずなのに、今日は妙に焼き具合を確かめていた。その理由が何となく分かった。

 可愛いノアに食べさせるために、気にしていたのだと。


「はい。いただきます。おかあさまは?」

「もちろん、頂くわ」


 ノアは明るく受け答えして、私を見つめる。そこには半年の隔たりなんて感じられなかった。そこには血の繫がりも、書類上の繫がりもないはずなのに、私がノアを思うだけの気持ちをノアは返してくれているように思えた。


「ノア、ここまで来るのに馬車で長いこと揺られて疲れたでしょう? 少しお昼寝する?」

「うん。でもおかあさまのそばがいい。おひざをまくらにかして」

「いいわよ」


 パイを食べた後、ノアは眠そうな様子を見せた。大人の話を黙って聞きながら欠伸を噛み殺しているように見えたので、お昼寝を勧めたら私の膝を枕にソファーに横になった。王都ではお行儀が悪いと言われる態度かも知れないが、ここは父の屋敷。子供の取る態度を一々見咎める者もここにはいない。

 それを両親達は微笑ましく見ていた。


「おかあさま。もうどこにもいかないでね」


 そう言ってノアは私の手を握ると、目蓋を閉じた。すぐにスースー寝息が聞こえてくる。私はさらさらとしたノアの艶のある黒髪を梳いてやった。


「あらあら。寝てしまったわね。ノアくん」

「六歳のノアくんにしては遠い道のりだったろうに、ユーリに会いたさにやってきたんだな」


 ノアの寝顔に癒される気がした。その私に父が、六歳の子が遠い道のりを母親恋しさに訪ねて来たんだな。と、感心したように言う。



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