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69話・お世話になりました

「そうだな。あの時はフィーと元気に駆け回る子がいて、元気なお嬢さんがいるものだと思っていたが、まさかそのお嬢さんがアントンの嫁になるとは思わなかった」

「お義父さまは子供の頃の私をご存知なのですか?」

「知っていたよ。あの頃、フィー達が隠れ住んでいた屋敷は、私が提供したものだったからね。マルゴット達の様子を見に行っていた。その時にフィーと仲良くしている友達がいると聞かされたのさ。そのお友達を見に森に行った時もあったし、ハンナが森に大鍋を持って出かけるのに手を貸した事もある」

「もしかしてお義父さまもハンナのシチューを?」

「ああ。小さな食いしん坊たちの中に混じってご相伴に預かったこともある」


 あの護衛だと思っていた人が義父だったらしい。ビックリした。護衛だと思っていたのが天下の大将軍さまだったとは。


「知らなかったとはいえ、あの時は失礼致しました」


 確か子供の頃の私は相手の立場など関係なく、思っていることを何でも口にしてしまう部分があり、当時の舅に対し、失礼な態度を取っていなかったか不安になった。


「いや、失礼なことなどされてなかったように思うが?」


 義父の発言にフィーと顔を見合わす。あの事、ばらしたら駄目だからね。と、目配せしたらフィーから苦笑が返ってきた。子供の頃、蔦屋敷に人相の悪い男が出入りしていると噂していたのは内緒だ。

 義父はさて何かされたかな? と、首を捻っている。


「いえ、その頃は私も物言いに遠慮がなかったものですから」

「子供だから別に構わないだろう。さて、そろそろ我らが天使の為に用意をしようじゃないか」


 義父は寛容だった。そして孫には特に甘い顔を見せる。私達は頷きあってノアの寝室に足音を忍ばせて近付いた。翌朝、満面の笑みを浮かべるノアを思い浮かべながら。

 一仕事終えて応接室に戻ってくると、義父が言った。



「そう言えば、フィオン。おまえ、そろそろ陛下に何か託されてないか?」

「親父にはばれていたか」


 そう言ってフィーが胸元から取り出したのは一通の書状。それを私に差し出してきた。


「きみに陛下からクリスマスプレゼントだ。きみの嘆願が聞き届けられたよ」

「クリスマスプレゼント? えっ……?」


 私はアントンが駆け落ちしてからずっと考えてきたことがあった。夫に離縁を求められた時には別れたくないと思っていたのだけど、今はその気持ちも変化してきていた。ガーラント家当主で義父のデニスは、夫のアントンを勘当すると言い、私にはいつまでもこの家にいて良いと言ってくれたけど、今の私は自分の立場に納得していなかった。


 夫のアントンは駆け落ちした事は秘されて、表向き静養に行っていることになっている。私はアントンの現在も妻だ。いずれ彼が陛下の命で毒死を賜る事になったとしても、その時には夫のアントンは病死したことになるだろう。


 その日まで私はアントンの妻を演じているのが辛く思えてきた。これは逃げになるのかも知れない。でも、もう気持ちは誤魔化されないところまできていた。見る人が見ればばれてしまうだろう私の気持ちは。


 すでに執事のテオや、侍女頭のクラーラや、護衛のキラン、ドーラには知られているような気がしてならない。


 社交界で噂になる前に、彼に迷惑がかかることのないように身を引くのが一番だと思ってしまった。ノアとは別れたくないけど。


 書状を広げるとアントンとの離縁を認める文面が記されていた。これで私はこのガーラント家とは何の繋がりもない女となる。嬉しいのか、寂しいのか分からない感情が目蓋に集まってきて涙となって零れ落ちた。


「ユリカ。今まで済まなかった……」

「お義父さま」


 お義父さまは陛下と話がついていたのだろう。謝罪をされた。訳のわからないのは義母のマルゴットとフィーで、彼らは私と義父の顔を見比べて、フィーは「あの書状には何が書かれていたんだ?」と、私の手から慌てて書状を奪い取った。


「離婚!?」

「そんな……。ユリカさん、あなたはそれでいいの?」


 フィーが絶句し、書状の中身を知ったマルゴットは悲しそうな顔をしていた。二人の表情から何も知らされてなかった事が分かる。陛下や義父は私の誰にも話さないで欲しいという約束を守ってくれたのだ。


「今まで皆さま、大変お世話になりました。明日にはノアに事情を話し、この屋敷を出て行こうと思います。ノアとは離れて暮らすことになりますが、私はどこにいてもノアの母親だと思っています」


 私は深々と頭を下げて、ガーラント家の皆さんの前から立ち去った。


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