66話・思い出のビーフシチュー
「食べようか?」
「うん」
フィーがお薦めのビーフシチューは、牛肉が口の中で蕩けるようによく煮込まれていて美味しかった。人参やじゃが芋、アスパラバスといった野菜がごろごろと沢山入っている。どこか家庭的な味がして実家の男爵家が懐かしく思われた。
「美味しい……!」
「そうだろう。このビーフシチューを食べると思い出さないか? ハンナお手製のビーフシチューを」
「ああ。あなたの乳母のハンナさんね、覚えているわ。よく、ハンナさん、お昼にビーフシチューを作ってくれたわよね?」
きっかけは思い出せないが、私達が子供の頃、朝から晩まで森にこもって遊んでいた。お昼に屋敷に帰るのも時間が勿体無いとばかりにずっといるので、フィーのことを心配した彼の乳母のハンナが、ちょこちょこ様子を見に来て初めは、サンドイッチやスコーンなど、軽く摘めるものを運んできていた。それもフィーだけではなく他の子も食べられるように数多く作って。それが楽しみで森に遊びに来る子が増えたぐらいだ。
でも、寒くなってくると、一々ここまで通うのは面倒だからという理由で、よく森の中でハンナはシチューを作って私達に振る舞ってくれたのだ。その際、我が家の護衛達も手伝っていたように思う。
そのハンナが得意としていたのがビーフシチューだった。護衛達もご相伴に預かっていたような気がする。
「ハンナさんは今、どうしているの?」
「娘の嫁いだ先で暮らしている。娘の旦那ならユーリも知っている」
確かあの頃、ハンナは中年女性だったから、今頃はお孫さんがいてもおかしくない年ではある。自分達よりも幾つか年上の娘がいるとも子供の頃に聞いていた。
「えっ? だれ? 誰かしら?」
「キランさ」
「へぇ。あのキランがお婿さん?」
そんな繋がりがあったとは驚きだ。フィーは「今度会ってみるか?」と、聞いてくる。それに頷きながら、私はある事を聞いてみようと、ふと思った。今なら聞いてもいいような気がした。
「ねぇ、フィー」
「うん?」
「前にあなたが言いかけていたことだけど……。その、九年前のこと。あなたはどうしていなくなったの?」
「あの頃、俺と母さんは追手から身を隠して暮らしていたんだ。親父の亡くなった先妻さんと、母さんが親しかった縁で親父に匿われた」
「追手って?」
「俺の亡くなった父親は、そこそこの資産家で金持ちだった。だから欲に目がくらんだ連中が父親の遺産を狙って、母さんに冤罪をかけて屋敷から追い出そうとしていた。最悪、暗殺をしようと企んでいた。身の危険を感じた母さんは、心ある使用人達の協力で俺を連れて逃げ出したんだ」
「そうだったの。大変な思いをしたのね。今は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。今は資産はちゃっかり後を継いだ叔父さんのものになったから、命を狙われる必要はなくなった。こうして大手を振って表を歩けるようになった」
フィーは明るく言ってのけたけど、そう気持ちを切り替えるまでに色々と辛いこともあったのだろうと思った。




