65話・フィーは間諜なの?
「お腹空いたな。ユーリは空かないか?」
「私も空いてきた」
「じゃあ、ビーフシチューはどうかな? すぐそこに美味い店があるんだ」
「ビーフシチュー? 食べたい」
「じゃあ、行こう」
絵画展を見終わると、ちょうどお昼時だった。フィーお薦めのビーフシチューが美味しいお店は、すぐそこにあると言うので歩いて向かうことになった。歩いて五分くらいで、こじんまりとした宿屋が見つかった。
「ここなんだ。入って」
フィーに促がされて中に入ると、一階が食堂で二階が宿泊できるようになっているようだ。恰幅の良い店主がフィーを見て驚いていた。
「あれぇ。フィーの旦那。おめかししてデートですかい?」
「そんな所だ。奥の部屋を借りるぞ。ビーフシチューを二つくれ」
「へい。畏まりました」
玄関入ってすぐの食堂で食事をするのかと思ったら、フィーは奥の部屋に行くようだ。私の手を引き
「こっちだ」と、言う。
店の奥まった場所に小部屋があって、そこにテーブルが一つあった。それを間に挟むようにして長椅子が二つある。壁には一枚の絵が飾られていた。
馬にまたがった若い指揮官の絵だ。暗雲とした空から降り注ぐ一条の光がその若者の上に射していた。
「もしかしてこれってロマの絵?」
「ああ。俺があいつを助けた後、お礼にと貰ったんだ。だから普段からお世話になっているここの店主に預けた」
「ずるい。屋敷に飾ればいいのに……」
ロマの絵はなかなか高位貴族だって手に入れる事の出来ない代物なのだ。それをいくら懇意にしているとはいえ、飲食店の主人にあげるなんて。と、思う。
「この絵が屋敷にあると他人の目に触れるからな。俺が気まずい」
「そう? こんなにも素敵に描かれているのに……?」
雄々しい司令官のようで頼もしいのに。この絵を見たらノアだって喜ぶはずだ。憧れの叔父さんが格好良く描かれた一枚なのだから。
「フィーって交友関係が広いのね。驚いたわ」
「仕事柄な」
フィーには驚かされてばかりいるような気がする。彼がもともと自分自身のことをあまり明かさないせいかもしれない。
「フィーはいったい、どのような仕事をしているの?」
「俺は親父のもとで諜報部隊を任されていた」
「それって間諜ってこと?」
任務についているという発言ではない事から、フィーの立場はその諜報部隊のトップのようだ。発言が過去形になっているのが気になるところだ。
「ああ。今まできな臭いトロイルの状況とか、近隣の国の状況を探っていた」
「それで長いこと留守にすることが多かったのね? ノアが寂しそうにしていたわ」
「ノアだけ? ユーリは寂しくなかった?」
「え? それは……」
不意打ちのように気持ちの確認をされたように思えて、口ごもると「おまちどう」と、言いながら店主がビーフシチューの入った器を運んできた。
「フィーの旦那も隅に置けないですな。普段はぼさぼさ頭で冴えない容姿で周囲の女性達を欺いておきながら、こんな美人さんとお知りあいだなんて」
「余計なことは言わなくてもいいぞ。ハリー」
「へいへい」
フィーがやや、顔を赤らめて言うと、店主はすぐに引き下がって行った。私も美人さんだなんて言われて恥かしかった。




