63話・フィーと美術館デート
フィーは翌朝、藍色の服に濃紺色の外套を着て現れた。もともと美男子なので彼は何を着ても似合うとは思っていたけれど、さらに格好良くなっていた。その彼と目が合った途端、胸がどきりとしたのは内緒だ。
私はお気に入りの外出用の水色のドレスに、同色の帽子をかぶっていたのだけど、それを見たフィーが「よく似合ってる」と、言いながらじっといつまでも見つめているので、恥かしくなってきた頃に、ドーラが言った。
「フィオンさま。奥さまのエスコートをお願いしますね」
「ああ。じゃあ、行こうか。ユーリ」
フィーに手袋をはめた手を差し出される。彼の手は大きくて温かかった。そう言えば男性にエスコートされるなんて久しぶりだ。夫の手は手袋越しでもひんやりしていた。男性の手ってこんなものかと思っていたけど、人それぞれらしい。
「混んでないと良いわね?」
「ああ」
馬車の中のフィーは言葉少なめだった。それよりも見つめられることが多くていつもとは違う彼の様子に、胸が勝手にドキドキした。フィーと一緒に出かけられるのは嬉しいけど、その反面気まずく感じられるなんて初めての経験だ。
彼の目線から逃れるように馬車の窓へと視線を逃せば、いつの間にか美術館前に着いていた。
美術館はそんなに混んでないようだ。良かった。これでゆっくり見学出来る。と、心は逸る。先に下りたフィーが一礼して、「お手をどうぞ。お嬢さま」と、従僕宜しく手を差し出して来たので、「お嬢さまって年齢じゃないわ」と、ツンケンした態度で返してしまった。
これがいけないんだろうな。どうしてフィーの前だと憎まれ口を叩いてしまうんだろう。一応、夫のアントンの前では普通にやり取り出来ていたのに。
落ち込みそうになる私の手を握って、フィーは歩き出した。
「これってデートみたいだな」
「……!」
デート。私が憧れていた言葉だ。夫とは互いの気持ちを通じ合わせるよりも、周囲が盛り上がってくっ付いたような感じだったせいか、ふたりで時間を合わせてどこかへ行くなどなかった。
夫の仕事に真面目な性格から、夫婦とはこんなものかと思いこんでいた。アントンはべたべた必要もなく触れ合うのを嫌っているようでもあったから、彼の側にいながら一線を引かれたような態度を取られ寂しい思いをしてきた。だからデートなんて、自分には無縁だと思っていたのだ。
それが、相手が違えば実現出来ただなんて思いもしなかった。こうやって着飾って異性のエスコートで外出するなんて夢のようだ。しかも隣にいる長身のフィーは、歩幅を私に合わせてくれた。それも嬉しかった。
夫のアントンと肩を並べて歩いたのなんて、夜会に参加した時ぐらいだ。それも一年間に数回のこと。エスコートした後は放っておかれるし、帰りも私のことなど気遣いもせずに、サッサと大股で歩いて行ってしまうから見失わないように後を追いかけるのが大変だった。
「なんだ? ユーリ。思い出し笑いか?」
アントンの夜会でのエスコートを思い出し、苦笑していたら、フィーが聞いてくる。
「何でもないわ。それよりもねぇ、フィー。みて。見て。可愛いらしい」
「どうした?」
一枚の絵の前で足を止めると、フィーも立ち止まった。その絵には三歳くらいの幼子が描かれていた。三歳というとちょうど私がノアに出会った頃だ。
その絵には、レースやリボンの宝飾がついた朱色のドレスを着せられた幼子が、ぎこちなく笑って見せているのが描かれていた。




