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58話・ノアさまはあのお方の血を受け継いだ、ただ一人の御方

 ハッターレ侯爵は、その事を私に指摘されるとは思っていなかったようで、あ然としていた。


「アンナはどうして密偵なんかに?」

「アンナの父親が第三王子派だった。アンナの父は外交官をしていたが高齢で、職を罷免された。その代わりにアンナが第三王子派に組みし、密偵としてこの国に渡ってきた」

「そう。アンナはトロイル国の高級官僚の娘だったのね」


 だから所作とか綺麗だったのかと納得した。父親はアンナをどこに出しても恥かしくない淑女教育を施していたのだと思う。


「アンナが我が家に来たのは偶然なのかしら? 意図的なの?」

「その辺りは知らない。私が彼女の存在を知った時にはすでにバイス男爵家で働くことが決まっていた」


 ハッターレ侯爵が嘘をついているようには見られなかった。アンナが亡くなったカールのことをどう思っていたのかは分からないままだった。やはり彼女は、我が家に入り込む為にカールを利用したのだろうか?


「アンナにとっては良い方向に転んだのね」


 我が家に入り込むためだけにカールを利用しようとしたのなら、彼が暴走馬車に引かれて亡くなってくれて彼女にとっては都合が良かったに違いない。


「あなた方にとってもこれは良いことなのでは?」

「……?」

「ノアさまの事を思えば、あの方のもとにおられた方が幸せでしょう」

「どうしてノアがそこに出て来るの?」


 ハッターレ侯爵はノアをアントンに会わせた方が幸せになれると信じているようでもあった。根拠のないその自信はどこから出て来るのだろう?


「どういう意味かしら?」

「お分かりになりませんか? そこまで真相に近付いておきながら」

「あなたはノアをあの人にどうして会わせたがるの? それをあの人が望んだわけではないでしょう?」

「ノアさまはあのお方の血を受け継いだ、ただ一人の御方だからです」


 熱に浮かされたように言うハッターレ侯爵は、どこか異常にも思えた。


「あの子は私の子です。どこにもやりません」

「横暴な。ノアさまの母君ならば、御子息の幸せを思って身を引くべきでは?」

「息子の命を狙った男には言われたくないわね」


「あれは誤解です。私はノアさまに言う事を聞いて欲しかった。その為に銃を向けましたが……」

「脅したんでしょう? ノアには聞いていてよ。ノアの体が五体満足ではなくとも構わないと言ったそうね? 足を打ち抜いて身動き取れないようにしようかとまで言ったそうじゃない?」 


 許せないわと、私が牢へ一歩近付くと、侯爵は震え上がった。


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