54話・未来のガーラント伯爵の決断
アントンが使用人と駆け落ちなんて仕出かした事で、舅のデニスはアントンを勘当したし、私にはノアの母親として、これからもノアの側についていてくれればいいとお許しは頂いている。
でもそれはあくまでも大人側の事情で、アントンの息子であるノアには誰も彼の意見を聞いていない。そればかりか、彼が父親の仕出かした事を知り傷ついたら……と、考えて私を始め、使用人達は口を噤んできたのだ。
それに対し、ノアはどう思っているのだろう?
今まで自分はノアの為と言いながらも、自分の気持ちを優先してきたような気がする。ノアの母親でいたかったからなんて自分の勝手な都合だ。ノアにだって思うところはあるはずなのに。
ノアは泣きそうになりながら抱きついてきた。
「おかあさま、でていくだなんていわないで。ぼくはおかあさまがだいすきだよ」
「私もあなたのことが大好きよ」
「じゃあ、ずっとここにいて」
「それでいいの?」
「ぼくのかぞくはおかあさまとフィーおじさん、おじいさまやおばあさまがいればいい。おかあさまをかなしませたおとうさまなんてひつようない」
未来のガーラント伯爵に、酷な決断をさせてしまったと思う一方で、迷わず自分を選んでくれたノアが愛おしかった。頭を撫でてやると、顔を上げてノアは言った。
「ぼくのおかあさまは、おかあさまだけだよ」
「ありがとう。ノア」
「でもね、これからはもうないしょごとはいやだよ。ぼく、みんながおとうさまのかけおちのことをしっていたのに、じぶんだけしらなかったとわかって、なかまはずれにされたようにおもったんだ。しんようされてないのかなって、かなしくおもった」
「ごめんね、ノア。おかあさまが悪かったわ。ノアも色々考えてくれていたのね」
ノアは六歳ながらによく考えていた。まだ子供だからと思っていた自分を恥じた。大人が思っているよりも、案外子供はしっかり世の中を見ているのかも知れなかった。
ノアの部屋から出て来ると、フィーが廊下の壁に背を預けて待っていた。
「ノアはどうだった?」
「気になるなら部屋に入ってくれば良かったのに」
「それは出来ないよ。母子の会話をしているところにお邪魔虫になるからな」
「応接間に行くでしょう?」
ここで立ち話もなんだからと促すと、フィーは黙ってついてきた。応接間に入ると、クラーラがやってきてお茶を入れてくれた。
「優秀な見張り番ってネグロの事だったのね? ネグロは大丈夫だったの?」
「ああ。すぐに意識を取り戻してハッターレ侯爵にやり返していたよ」
フィーがその様子を思い出したらしく、可笑しそうに言った。




