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53話・怒らせてはいけない人

「ハッターレ侯爵。うちのノアに一体、何をしようとしていたの?」

「ノア君をお父上に会わせて差し上げようとしただけだ」

「それにしては物騒ね。どうしてノアに銃口を向けたの?」

「ただ脅かすつもりだった」

「脅かすつもり? 殺すつもりの間違いではないの?」


 おかあさまの口から飛び出した言葉にゾッとした。侯爵は「違う」と、断言する。おかあさまは静かに侯爵の側に転がる靴を拾い上げた。


「あなたはさっき、何と言ったかしら? 自分にこんなことをしてただで済むと思うな。だったかしら?」


 そう言って拾い上げた靴の先で、囚われの身の侯爵の顎を掬い上げ、顔を覗きこむ。


「奇遇ね。ちょうど私もそう思っていたところよ」

「ひぃ……!」


 侯爵は先ほどの勢いはどこへ言ったのやら、おかあさまの怒りに圧されたようにビクビクしていた。


「あの女に頼まれたの?」

「……あの女とは?」

「とぼける気? 主人を誑かしてトロイル国へ連れて行った女よ。あなたが裏できっと手を引いていたんでしょう?」

「知っていたのか……?」

「ただの女の勘よ。許せないわ。私だけならともかくも、ノアに手を出そうとしたなんて。一体、どうしてくれようかしら?」


 暗い笑みを浮かべ、侯爵の頬を自分の履いていた靴でピタピタ叩くおかあさまは、銃口を向けてきた侯爵よりも恐ろしかった。この後、侯爵はどうなってしまうんだろう? 予想もつかない。


「ユーリ、その辺にしておけ」

「フィー」

「ここからは俺達の仕事だ。ユーリには汚れ役は似合わない。ノアも驚いているぞ。ノアを連れて先に帰っていてくれ」

「分かった。後はフィーに任せるわ」


 怒り心頭のおかあさまをなだめるように、フィーおじさんが止めた。フィーおじさんの言葉に同行していた護衛のキランも頷く。おかあさまがフィーおじさんの言葉を聞いてくれて良かった。侯爵は半分、魂が抜けたような顔をしていた。その顔を見て学んだ。絶対、おかあさまは怒らせてはいけない人だと。

 脱ぎ捨てた靴を履いたおかあさまは、いつもの優しいおかあさまに戻っていて良かった。


「キラン。帰ります」

「かしこまりました。奥さま。参りましょう、ノアさま」


 キランと一緒に部屋を出ようとした時に、優しいフィーおじさんの怒りを抑えているような声がした。


「俺達も甘く見られたものだよな。ガーラント家の当主が誰か、貴殿は忘れていたわけではあるまい」


 その声には相手を威圧する効果があった。おじさんの言葉に驚愕して何も言えなくなっている侯爵の様子を視界の隅に収めて部屋を出た。





 屋敷に帰ってきてから私はノアに全てを話すことにした。


「本当のことを知ったならあなたが傷つくと思って言えなかった。それがいけなかったのね。ごめんなさい」

「おかあさま。ぼくもおかあさまをだいきらいなんていってごめんなさい」

「いいのよ。ノアに嫌われるような事をした私が悪いんだから」


 人払いしたノアの私室で、私はどう彼に切り出そうかと思いながらまずはアントンに離婚話を持ち出されたことから話すことにした。


「実はね、あなたのお父さまから離婚してくれないかって言われていたの」

「……!」


 ノアは口を挟まずに最後まで話を聞いてくれた。アントンから切り出された離婚話。いつノアにその事を話そうかと思いつつ、なかなか言い出せなかった事。アントンに屋敷から出て行くように言われていたのに、その彼がアンナと駆け落ちしてしまった事。


「ノアはどう思う? 正直にあなたの気持ちを教えて。このまま私があなたのお母さまでいても構わないかしら? もし、嫌ならすぐにでも出て行くわ」


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