49話・マノン父子
「ごめんなさい。ノアさまがカラスにおそわれているとおもって……」
「もうだいじょうぶだから。いたたぁ……!」
少女は申し訳なさそうな顔をして何度も謝ってきた。少女はハッターレ侯爵令嬢マノン。お茶会で駆け落ちの話題を持ち出して側妃さまに不興を買い、二度と顔を出さないようにと、言い渡された令嬢である。
この令嬢が必死に謝ってくるのには理由があって、ネグロがノアの肩に降りようとしたのを驚いて振り払ったせいで、通りかかったマノン嬢が、ノアがカラスに襲われていると誤解し、扇子を振り回したのがノアの後頭部に直撃したせいだった。
ノアの左肩に乗るネグロはカア。と、一鳴きしただけで他人事のように見ていた。
「ネグロ。ひどいよ。おまえにもかんけいがあるのに」
突然、ネグロが視界に飛び込んできたからビックリしたじゃないか。と、ネグロを非難すれば、そ知らぬ顔をしている。
「ノアさま。そのカラスって、ノアさまがかわれているんですの?」
「ぼくじゃないけど、おじさんのカラスなんだ」
「そうでしたか」
カア、カアとネグロが鳴いてみせると、マノンはピクリと肩をすくめた。
「おどろかせてごめんなさい」
「いえ。わたしこそ……」
二人は市街の噴水前広場にいた。そこを行き交う人たちに遠巻きに注目されていて居たたまれない思いだ。
「マノンさまはどうしてここに?」
「わたしはおとうさまとまちあわせをしていたんだけど、その……ノアさまを見かけて追いかけて来たの」
マノンは頭を下げた。
「ごめんなさい。あのわたし、おちゃかいのときにノアさまのきもちもかんがえずに、ひどいことをいってしまって……。ほんとうにごめんなさい」
「マノンさま。もういいよ。あの、ここ。みながみているから」
「あ……。ごめんなさい」
マノンはそう悪い子でもないのかもしれない。あの時の発言はいつものように後先考えずに発したもののように思われた。
ノアが人目を惹く状態である上に、誰が聞いているか分からないから口に出さないでもらうと助かるな。と、言えば心得たようで口を閉ざした。そこに中年男性が近付いてきた。
「マノン、またせたな」
「おとうさま」
恰幅の良い男性がこちらに向かって歩いてくる。マノンに似た顔立ちの男性で、こめかみから顎まで伸びた髭が特徴の男だった。
「そちらはどなたかな?」
「ガーラントこのえそうたいちょうさまの、ごしそくのノアさまですわ。ノアさま、こちらはわたしのちちです」
「きみがあのガーラント近衛総隊長どののご子息か。父上によく似ている」
マノンの父は興味深げにこちらを見てくる。父に似ていると言われて以前は嬉しく感じられたものが、今は父と似ていると言われて素直に喜べなかった。
「ノア君はカラスを飼っているのかな? ずい分と珍しい趣味をお持ちのようだ」




