46話・ノアにばれた
翌日。私は次々に屋敷に運ばれてきたベーカー商会からのドレス入りの箱を広げて、侍女達に好きなものを持って行かせた。侍女達は普段は主人を着飾る立場なのでとっても喜んでくれた。
侍女達には色々とお世話になっていたので、お礼をしようと思っていたのだ。ベーカー商会のドレスなんて、彼女達のお給金ではなかなか買えそうにない高級品なので皆に「好きなものを持って行っていいわよ」と、言ったら、初めは侍女達は互いに目配せあって遠慮していた。
そこへドーラが「じゃあ、私、これを頂いても良いですか?」と、モスグリーンのドレスを手に取った事で、他の侍女達も「では私はこれを……」と、遠慮がちに手を伸ばしてきて、あっという間にドレスは無くなった。
「ずい分と太っ腹だな」
フィーは呆れたように言う。ここの所、フィーの来訪が増えていた。滞在時間は長くないものの、ほぼ毎日のように顔を出してくれていた。
「いくらケチのついたベーカー商会のドレスとは言っても、侍女達に全部くれてやることはないだろうに」
「いいのよ。皆には普段からお世話になっているから何らかの形でお礼がしたかったの」
そう言いながら、私はちょっとだけ後悔していた。
「そう言う割には浮かない顔しているじゃないか?」
「大買いして気持ちはスッキリしたんだけど、どうせ買うのならノアの物を買えば良かったと思って……」
「そっか。ユーリらしいな」
「どうして子供服って売ってないの? 子供服の専門店があったなら沢山買うのに……」
「大人の服に手を入れて着させるのが主流だからな」
この国では子供服の既製品はない。ガーラント家でもノアには、大人の服に鋏を入れて小さく仕立て直した物を着せていた。ガーラント家の侍女でも裁縫が得意な者が何人かいるので着る物には困らないが、ベーカー商会のドレスを前にして喜んでいた侍女達を見て、ノアにも何か購入すればよかったと今更ながら思っていた。
「そんなに気になるなら、ユーリがそれを始めたらどう?」
「……? 子供服を私が?」
「着眼点は悪くないと思うよ。ユーリのように考えている奥さま方もけっこういるんじゃないのかな? お針子を集めて子供服の専門店を始めてみたら?」
「やだ。無理よ。そんなの。私は裁縫なんて全然、出来ないし、商売だなんてとんでもないわ」
「そうかな? いっそのこと、あいつの退職金でお店始めてみたら?」
「退職金って出るの? アンナと駆け落ち事件を起こしておきながら? あの人のお金なんてあてに出来ないわ」
「さあな。出るんじゃないか? その辺は姉さんを通して陛下にでも聞いてみたら?」
「なによ。それ。いい加減ね」
フィーの発言にムッとした。人の背を押すような事を言いながらも無責任な態度に思われて。不快になり掛けた時にドアの辺りでごそっと音がした。
「誰?」
別に人払いしていたわけじゃないけど、隠れてこちらを伺っていたような様子が気になる。ドアに向かうとノアがあ然として立っていた。ノアの反応にまさかと思った。
「ノア? 今の話聞いていたの?」
「おかあさま。おとうさまはかけおちしたって……?」
「ノア」
「ほんとう? おとうさまはアンナといなくなったの?」
どうして? ノアは今にも泣き出しそうな顔をしていた。抱き寄せようとしたらその手を振り払われた。
「おかあさま。どうしてそのこといってくれなかったの?」
「ノア。それはあなたに本当のことを伝えて傷ついて欲しくなかったの」
「ひどいよ。おかあさまなんてだいきらいだっ」
「ノア!」
ノアは私に背を向けた。遠ざかるその小さな背に私の伸ばした手は届かなかった。




