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45話・ストレス発散ですよ?

 ドレッシングルームは藍色を主体とした部屋で、姿見が幾つか置かれていた。その部屋に私達を案内すると、ベーカー男爵は深々と頭を下げてきた。


「奥さま。この度は申し訳ありませんでした」

「頭を上げてください。ベーカーさまが悪い訳ではありませんもの。でもモデルに選んだ相手が悪かったですわね」

「本当に申し訳ありませんでした」


 ベーカー男爵は頭を下げたままでいた。腰の低い御方だ。男爵はやり方が悪かったとしか言えなかった。ベーカー商会のドレスは国一番の人気で高級品だ。それを着ることが出来るのは特権階級社会の中でも、富裕層である者達だけ。

 そして愛人を持つ男性貴族が、妻のご機嫌を取る為に利用するのがこのベーカー商会のドレスでもあった。ベーカー商会のドレスは特別と言ってもいい品だ。

 それを愛人でしかないアンナが身につけた事で、夜会に参加していた奥さま方は、ドレスの付加価値が落ちたように感じられたのだろう。


「災難でしたわね」


 まさか男爵はアンナに自社のドレスを着せたことで、他の奥さま方にそっぽを向かれるとは思ってもみなかった事だろう。意気消沈した男爵が可哀相に思えた。


「奥さま。もし良かったらこちらでご自由にご覧下さい。気にいったものがあればプレゼントさせて頂きますので」

「あら。そんな悪いわ。ねぇ、フィオン」

「そうだな。必要であれば買わせてもらうよ。ベーカー男爵」

「でもそれでは……」


 ベーカー男爵はただでドレスをくれると言った。そうでもしないと自分の気が済まないと言いたそうだった。でも、私はそんなことを望んでいない。フィーが言った。


「義姉は前回のことをいたくお怒りでね、義兄の給与から天引きでドレス一枚買うのでは気が収まらないみたいなんだよ。給与全額ドレスにつぎ込むつもりらしいよ」


 フィーが私に目配せしてくる。


「そうなの。あの人ったらアンナにばかり貢いじゃって、私には何もないのよ。酷いでしょう? ナンシーにも言われていたのよ。今回の事で主人に仕返しをしたらどうかって」


 いい考えでしょう? と、ベーカー男爵に言えば男爵は「はあ」と、だけ相槌を打った。


「だからね、このドレッシングルームにあるドレスをここからここまで頂戴」

「は?」

「あら。聞こえなかったの? このドレッシングルームに置いてあるドレスが全部欲しいのよ。全部買い取るわ。そしたら主人は浮気なんてしている暇もないわね」

「義姉さんも容赦ないな。静養中の義兄に働かせる気か?」


 私の思いつきにフィーが話を合わせてくれる。男爵はアントンが駆け落ちしているなんて知らない。静養中のアントンに仕返しをするのか? と、驚いていた。


「いいのよ。子育てしている私や、可愛い子供を放っていたんだもの。これぐらいはしてもらわないとね。ベーカー男爵。あの人の給与天引きで宜しくね」

「奥さま。ありがとうございます」


 ベーカー男爵が泣きそうになっていた。その顔は息子さんとそっくりだった。私には結婚当初の持参金がまるまる残っていたし、自分の為に買う物なんて限られている。私はストレス発散に大買いを思い付いた。

 この時は、私の気持ちがどうとかは別にして、顧客がいなくなってしまったベーカー男爵が可哀相に思ったのもあったし、ドレスの大買いは一石二鳥なんて思っていた。後にこの話がベーカー男爵を非難していた奥様方に伝わり、衰退しかけたベーカー商会が勢いを盛り返すことになる。


 世の中には奥さまを蔑ろにする旦那様が多すぎたらしい。妻である自分を軽んじて愛人に夢中になり、お金をつぎ込む旦那様に制裁をという運動が始まり、私の取った行動に共感した奥様方がそれを真似るようになったのだ。そのことで一部、奥様に頭が上がらない旦那様方が増えたとかなんとか。

 後日、ほくほく顔のベーカー男爵にお礼を言われ、謝礼としてノア向けの服が定期的に無償で送られてくるようになるとは思ってもみなかった。





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