44話・義姉と義弟
夜会の件はナンシーから聞いて不快には思ったけど、あの日はドーラとやけ食いに走ってスッキリしたし、根に持つようなことはしないというのに。私が主犯だと思われていただなんて。
とんだ濡れ衣だわ。と、ショックを受けていたら、そこへたまたま屋敷を訪れたフィーが応接間に顔を出し、「何の話?」と、首を突っ込んできたかと思えば、
「ベーカー商会の夜会か。一度は行ってみたかったんだよな」
なんて言うものだから、気を良くしたベーカー男爵の息子さんが「今度招待状を送らせて頂きますね」と、言って来た。
なんだか分からないうちに、フィーと二人でベーカー男爵の夜会に参加が決まっていたのである。
私はマリーゴールド色の生地に金のリボンの飾りが付いたドレスを着て、灰色の髪の毛は高く結い上げて、リボンと同色の大きめの金のリボンのついた髪飾りを挿していた。フィーは、銀色の夜会服にキャラメル色のクラバットや、ハンカチーフを合わせ、前髪を後ろに撫で付けていて、普段よりも良い男ぶりが増したような感じがする。
ガーラント家の侍女達はいい仕事をしてくれていると思う。こんなに素敵なフィーと並んでも自分が見劣りしない存在であるかのように錯覚させられるのだから。
「ユリカさま。こちらのお方は?」
「主人の弟のフィオンよ。宜しくね。今日は主人に代わってエスコートしてもらってきたの。フィオン、こちらはベーカー男爵。息子さんが主人の近衛隊に所属していた縁でお世話になっているのよ」
「初めまして。フィオンです。義兄や義姉がお世話になっております」
「アントンさまの義弟君でしたか。お初にお目にかかります。アントンさまのご容態は如何ですか? 近衛隊の皆さま方からは静養中だとお聞きしましたが?」
普段はフィーとユーリと呼び合う仲なのに、こうやって人前で義弟や義姉とお互いの事を他人に紹介するのは奇妙な感じがした。
ベーカー男爵にフィーを紹介すると、フィーが男爵に手を差し出し握手を交わす。アントンの駆け落ちの件は緘口令がしかれているので、ここでも静養中と誤魔化されていた。
「義兄は変わりないです。今まで忙しすぎて疲れが溜まっていたみたいですね」
「そうでしたか。以前、こちらにいらした時は……!」
ベーカー男爵は思い出したように言ってから、ハッとした様子を見せた。思わずと言った様子で、それに苦笑を返すと慌てて取り成すように言ってきた。
「あの。奥さま。もし、良ければあちらのドレッシングルームで最新のドレスの試着などはいかがですか? 今夜は奥さまの為にご用意させて頂きました」
「そうねぇ。どうしようかしら?」
「いいんじゃないか。義姉さん。こちらがご好意で言ってくれているんだから」
「ぜひ、お願い致します。フィオンさまには、シガールームがございますので、そちらを」
ベーカー男爵は広場から場所を変えて話がしたいように思えた。広場にいる人たちの視線がこちらに集まっているのを感じる。
「私は遠慮しますよ。義姉の護衛も兼ねているので……」
「あら、行って来たら? 私は構わないのに」
「俺が構うよ」
そのやり取りを見ていたベーカー男爵が「お二人は仲が宜しいのですね?」と、言ってくる。「ええ、家族ですから」と、言えば余計なことを言ったと思ったのか、「ドレッシングルームはこちらです」と、案内を始めた。




