43話・誤解です
「ユリカさま。ようこそおいで下さいました」
「招待状をありがとう。ベーカー男爵」
私はフィーと供に、夫と以前から交流のあったベーカー男爵の夜会に来ていた。主催のベーカー男爵は会場へ足を踏み入れた途端、こちらに気がついて声をかけてきた。
ベーカー男爵は中肉中背の四十代の男性。もともとは商人で男爵令嬢のもとへ婿入りした事で、貴族社会の仲間入りをされた方だ。意欲的に仕事をこなし、ベーカー男爵家を盛り上げていると聞く。
ベーカー商会の夜会は華やかな社交場で、こちらに参加する事は特権階級者にとってはとても有意義な事とされてきた。ベーカー商会の新作のドレスや紳士服は常に流行を生み出し、貴族達は皆、注目していた。
ところが今夜の夜会は、私が参加していた頃とは違って閑散としていた。会場がこのような状態にあるのはある噂によるものらしい。それに対してはお気の毒としか思えなかった。
私としてはベーカー商会の夜会は、夫がアンナを同伴したと聞かされて嫌になってしまった場所だ。
別に来る必要もなかったのだけど、数日前にこちらの息子さんから謝罪を受け、「お願いですからもう許して下さい」と、泣かれてしまい、ザイルにも「こいつはいいヤツなんです。助けてやって下さい」と、言われてしまっては放っておくことが出来なかった。
直接私が何かしたわけではないのだけど、アントンがアンナと夜会に出た事で、その主催者であったベーカー男爵は今、叩かれているらしかった。
何でもその夜会に出ていた人達の多くから付き合いを拒まれているという。アンナはアントンの身の回りの世話をしていたことから、皆にガーランド家の侍女だと素性も知られていた。本来ならただの使用人が、主人のパートナーとして夜会に同行することはない。パートナーとなるのは伴侶か、特別な関係の相手だけだ。
そこにアントンはアンナをパートナーとして連れて来た。それも親しげな様子だったので皆は良く思わなかったようだ。しかもアントンがアンナに新作のドレスなんか着せたものだから、ベーカー商会は大損害を受ける事になった。
アントンたちが夜会に参加する前までは、ベーカー商会のドレスを気に入り何枚も注文してくれていた顧客の奥さま方が、次々と注文を取り消してきたそうだ。
「あんな女が着たドレスなんて着たくない」と、言う理由で。
愛人を堂々と同伴したアントンが悪いのだけど、そのアンナが着ていたというだけでベーカー商会のドレスは全く売れなくなってしまった。
父親が嘆くのを側で見てきた息子は、上司のザイルに相談したらしかった。そこでザイルは就任挨拶も兼ねて彼を連れて私のもとへやってきたわけで、そんなことを言われてもどうにか出来るはずも無く困ってしまった。
しかもベーカー男爵の息子は勘違いしていたのだ。夫が愛人を連れて馴染みの夜会に顔を出している。そのことで不快に思った私が、顧客の奥さま方に不平を漏らし、それに同情した奥さま方が「ユリカさまがお可哀相」と、同情してドレスを買うのを止めたのだと思っていたらしい。
いきなりの謝罪に何のことやら? と、思っていたし、私の態度で男爵の息子は自分の見当が違っていたと気が付いたようで、尚更小さくなって「申し訳ありませんでした」と、床に額を擦り付けるような状態で謝ってきた。




