40話・アンナの狙い
「でも……、ハンクスが亡くなっていて良かったかもしれないわ。今回のことを知ったならショックを受けていただろうから」
アンナはカールや、ハンクスにとってはいい嫁だったのだ。仮にふたりが存命中で、彼女が私の夫と駆け落ちしただなんて知ったなら、相当なショックを受けていたはずだ。
「人の良いあの二人をアンナは騙していたのかしら? もし、そうなら許せない」
「ユーリ」
「そうじゃないと二人とも浮ばれないわ。アンナが初めから私たちを騙していたかも知れないなんて知らないままに逝けてよかった……」
あの人の良いカールが、アンナがトロイルの密偵だったなんて知ったなら、とんだ危険人物を我が家に招いてしまったと、ハンクス共々深く後悔していたことだろう。彼らを利用する為に近付いたのだとしたらアンナを一生、許せないと思う。
「アンナはトロイルの密偵だったって、お義父さまには聞いたけど……彼女は何を調べていたの? どうして私達に近付いたの?」
「彼女はメネラー公爵令嬢について嗅ぎ回っていたようだ。メネラー公爵令嬢は現陛下の従兄妹でもあるから容易に近付けないし、情報も探れそうにない。リギシア国で材木を扱っていて、一番顔が広いと言われているバンス男爵家に入り込めば、何かしら知れると思ったのかもしれない」
正攻法で近付こうとしても、相手が高位貴族でしかも王族の血を引いている。そのような相手に近付くのは難しい。そこで情報が沢山入りそうな場所に入り込んだのかもしれないとフィーが言った。
もしもそうなら、なんと彼女に都合の良い展開となったことだろう。情報収集の為に潜り込んだバンス男爵家の娘が────。
アッと思った。あったではないか。アンナがやってきた時期が被る。
「姉さまの宮殿入りね。それを狙って来たのね?」
アンナは姉のマレーネが陛下に見初められ後宮入りが確定してから現れた。私達は祝い事が続いて浮れていた。
アンナは上手く行けば姉について後宮入りし、内部から探ろうとしたのかも知れない。そこに気が付いてゾッとした。そう言えば初め、彼女をマレーネ付きの侍女にしてはどうかと思い立ったのは母だった。彼女の洗練された所作から「どこかのお屋敷で働いていた事があるの?」と、アンナに聞いていたのを思い出した。
アンナがそれに何と答えたかは忘れたけど、母の話に頷いていたような気がするからあれは姉付きの侍女になって後宮入りする話だったのだと思う。でも、ハンクス爺が寝付いてしまったことで話が流れたのだ。
それから一年後、ハンクス爺が没し、アンナは男爵家でこれまで通り仕えることになって私の側にいた。本人の望みは潰えたように思えただろう。でも、現実とは奇妙なものだ。結果的には彼女の願いを叶えたのではないかと思った。
「姉さまでは上手く行かなかったけれど、私がアントンさまと結婚することになって付いて来た。まだチャンスがあると踏んだのでしょうね?」
姉が後宮入りして、もう彼女の望みは断たれたと思ったのに、まだ男爵家にアンナが居続けたのは、まだ未婚の私に保険を掛けていたのかもしれない。




