35話・共犯者
「諦めろ。私に協力した時点できみも共犯者だ」
「あなたはずい分、嬉しそうに言うのね? リギシアでは裏切り者扱いよ。良いの? 国を売ったと思われているかもしれないわ」
「きみと駆け落ちをした時点で覚悟の上だ」
「酷い人。ユリカさまとノアさまを悲しませるわ」
「それは君も同じことだろう?」
「アントン」
「君が私に国を捨てさせたんだよ」
アントンは策士だと非難される。自分を色仕掛けで落とそうとした女が何を言うのかと指摘したくなったが放っておくことにした。ただ黙って聞き流す気にもなれなくて当てこすった。
「そうだろう? アンナ。君が私を人の道から踏み外させた。悪い女だよ。君は。私の心をこんなにも揺さぶって。どうして君は私の前に現れてしまったのだろう? 君と再会してから、ずっと私はこのような日が来るような気がしていた」
「私達、出会わなければ良かったの?」
「そんな事は言ってない。これはきっと運命なんだろうな」
「運命?」
そうだとしかアントンには思えなかった。自分の前にアンナさえ現れなければ、あの陽だまりのような、生温い生活を今も送っていたことだろう。脳裏にノアやユリカの顔が浮かぶ。
その一方で、自分にはあのような家庭は相応しくないとも思っていた。
「アンナ。あの日を覚えてるか?」
「あの日って?」
「君と初めて会った日のことだ」
アントンは遠い日々にアンナを促がす。アンナとは十歳の頃に出会っていた。亡き母の命日に花を手向けようと思い、市街へ出た。勝手に屋敷から出るのは注意されていたが、父は遠征に出ていて留守だったし、乳母や侍女の目を欺くのは簡単だった。こっそり屋敷を抜け出したのだ。
そこで庶民にしては綺麗な女の子に出会った。ただ花を購入するだけだったのに、彼女のあかぎれの手や、これから寒い季節に入ろうとしているのに素足でぶるぶる震えている少女を見たら施したくなった。
その態度がいけなかったらしい。花代として渡した金貨一枚が、相手の気に障ったらしかった。
「私は物乞いじゃないわ。哀れまれるのは嫌いよ」と、渡した金貨を付き返されたのだ。
「どうして?」と、呟いたアントンに少女は「花代にしては高すぎるもの」と、睨んできた。
その彼女の姿勢から、もしかして彼女は単なる庶民ではないのかもと思った。よくよく彼女を見れば、町娘の身なりはしていても言葉遣いや、所作が洗練されているようにも思えた。
もしかしたら彼女は、自分と同じ貴族階級だったのかもしれない。それがなにかしらの事情で庶民に身をやつしていたとしたら?
彼女の姿に、ひょっとしたら自分もそうなっていたかもしれない未来が垣間見えた気がした。最悪自分の場合、死んでいた可能性もあった。




