27話・本当のことは言えなくて
数日後。私は侍女のドーラを連れ宮殿に来ていた。彼女は侍女達の中でもっとも若くアンナの次に気が利いている子だ。彼女とアントンに宛がわれていた部屋を片付ける為に来た。アントンは表向きには休職扱いとなる。その後は病死として扱われることになるだろうけど。
近衛総隊長の執務室は閑散としていた。あまりにも綺麗に整っていた。仮眠室となる隣の部屋もベッドが一台だけ残されているだけで、ほかに残されているものはなさそうだった。
近衛総隊長だった彼の後任は、副隊長であるザイルが昇進する事が決まっている。すぐにこの部屋を明け渡さねばならなくなった為に、侍女を連れて清掃に来たのに、そんなにやることはなさそうだ。
部屋の換気をして拭き掃除や、掃き掃除を開始する。執務室の隣にある仮眠室に入った時に、この部屋でアントンとアンナが? と、邪な考えが浮んできた。そんな事を考えていたらきりがないというのに。
首を振って余計な考えを追いやると、目の前にある事を次々片付けることに専念した。二時間ばかり時間をかけて掃除が終わった。
ドーラと顔を見合わせてほっと一息つく。
「もうこれでお終いね。思ったよりも早く終わったわね。帰りにお茶でもしていく?」
「はい」
「じゃあ、帰りの馬車を頼んできてくれるかしら?」
「はい。すぐに!」
ドーラは掃除のご褒美に、スイーツ屋が待っていると思ったら喜んで部屋を飛び出して行った。分かりやすい子だ。笑って見送っていると背後から「ユリカさま」と、声をかけられた。振り返ると、茶色の髪をした優しそうな中年女性が立っている。副隊長だったザイルの妻のナンシーだ。ザイルはアントンよりも年上で三十代と聞いていた。それより年下の彼女はアンナと同じくらいの年齢になるはずだ。
「お久しぶりです。ユリカさま」
「ナンシーさま。皆様、御家族の方はお変わりはなく?」
「はい。皆、元気にしております」
ナンシーも侍女を数名連れていた。
「もしかしてユリカさまも掃除に?」
「ええ。これから引き継がれるザイルさまにお渡しする部屋ですから片付けておこうと思いまして」
「それはありがとうございます。アントンさまのことは伺っております。その後、アントンさまの具合は如何ですか?」
「……」
ナンシーの言葉にすぐに反応できなかったが、表向きアントンは病に倒れたことになっていたと思い出した。守秘義務がある為、事情を知るザイルもさすがに相手はいくらしっかり者の奥方とはいえ、話してはいないようだった。
「ユリカさま?」
「あ。アントンはその……変わりありませんわ」
「そうですか。もし、何かお手伝いするようなことがあれば遠慮せずに言って下さいね」
「ええ。ありがとう。あなたには何から何までお世話になりっぱなしね。申し訳ないわ」
「いいえ。気になさらないで下さい」
ナンシーには普段からお世話になっていた。アントンに嫁いだばかりの頃、アントンがザイル夫妻を引き合わせてくれたおかげで彼女に会った。彼女は近衛総隊長の妻でありながら、近衛隊について何も知らない私に、色々教えてくれた。




