24話・ユーリはいいお母さんしているよな
「憑き物が落ちたみたいだな」
「あなたから見ても、私ってそんなに酷かった? 私はいつも通りの気持ちでいたけど」
「自分では案外、気付けないものかも知れないな」
御者が迎えに来た帰りの馬車の中で、ノアは私の膝を枕に寝てしまった。安堵したようだ。私が夫とアンナのことでショックを受けていた期間、ノアもまた私と父親のことで悩んでいたに違いなかった。向かいの席に座るフィーがこちらを恨めしそうに見ていた。内心、ノアは渡さないわよ。と、思う。
「その言い方、なんだか実感こもってない?」
「まあ、俺も色々経験しているし」
「でもあなたとノアがこんなに仲が良かっただなんて知らなかった。いつの間にふたりとも仲良くなっていたの?」
「これでもちょくちょく屋敷には顔を出していたからな。そこをノアに見つかって……」
「えっ? そうなの? いつ? 知らなかった」
フィーは目立つ容姿をしているから、訪ねてきたらすぐに分かりそうなものなのに?
不思議に思う私に、フィーは誤魔化すように笑った。
「ユーリはいいお母さんしているよな。ノアの為に食事の献立を料理人と考えていたり、ノアの勉強の進行具合を家庭教師たちに聞いて、ノアが飽きないような授業内容に代えてもらったりしてさ、ノアは幸せ者だ」
「ハイハイ、ありがとう」
「なんだ。それ。棒読みか?」
「これでもあなたには感謝しているのよ。ノアが頼るぐらいだから信頼されているのね? おじさん」
フィーが目を丸くする。そして前のめりになって聞いてきた。
「知っていたのか?」
「へぇ? なにを?」
何を聞かれたのか分からなくて首を傾げると、フィーは私の態度に思うところがあったようで、ホッとしたように座り直した。その態度が気になる。
「なによ?」
「あ。いや。なんでもない」
何か隠しているような気がする。馬車の窓から見える空は、夕焼けを追うように薄闇色が近付いてきていた。私は再会してからずっと、遠いあの日のことが気になっていた。フィーはあの日のことには触れない。だから私も聞けないでいた。
幼馴染だったふたりの関係が終わった日のことを。
「ねぇ、フィー」
「なんだい? ユーリ」
「あの日、あなたになにがあったの? そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」
あの日。二人の間だけで通じる話題だ。忘れもしない九年前。私が十二歳で、彼が十五歳の頃。いきなりフィーは私の前から姿を消した。それも前日、話したいことがある。秘密基地まで来て。と、言い残して。
翌日、フィーからなにを聞かされるのかとドキドキして向かえば、私達の秘密基地であるツリーハウスは粉々に壊されていて跡形もなかった。そして彼は姿を消した。
それから九年、思いがけない再会となり気まずくなりそうだった関係は、私の方のいざこざもあって、なんだかんだで過去の関係が継続している。
フィーは人懐こい一面もあってか、気がつけば赤の他人のはずなのに私達親子の側にあって、ノアを始め、屋敷の中の使用人達にも警戒なく好意的に受け取られていた。




