23話・ノアは私の息子
「おいしい!」
「そうだろう?」
三人で輪になって座ったピクニックシートのお皿の上に、屋敷から持ってきたサンドイッチと、水筒に入れた飲み物、釣り上げた川魚を火にあぶったものが並ぶ。
ノアはサンドイッチには目もくれず、川魚を串刺しにしたものに迷わず手を伸ばし、かじり付いた。
フィーがそれを見てほほ笑む。
「自分が取っただけに美味いだろう?」
「うん。おかあさまもたべてみて。ね、ねっ。お魚とてもおいしいよ」
「どれどれ。うん、おいしい。ノアが取ったものだから尚更、美味しい」
ノアが熱心に勧めてくる。自分が釣ったばかりの川魚に興奮しているようだ。美味しいのは分かっている。でも、ノアが生まれて初めて釣った川魚を食べる恩恵にあずかったのだから、美味しくないわけがない。
「おかあさまがたべてくれた」
「ノアが釣った山魚だもの。あり難く頂くわ」
「もっとたべて。おかあさま」
「分かった。じゃあ、遠慮なく」
ノアは嬉しそうな声をあげた。私が1本、食べ終わって次の串へと手を伸ばしたら、「よかった」と、呟き、眦を服の袖で拭っていた。
「ノア。どうしたの?」
「ユーリ。おまえさ、最近、ちゃんと食事を取ってないんだって?」
ノアが泣いたように見えて、その小さな肩を抱き寄せようとしたら、脇から声が上がった。ノアは
「あ、おじさんっ」と、フィーの発言を止めようとする。
「ノアが心配していたぞ。今回の釣りは、おまえの為にノアや屋敷の者たちが計画したんだ」
「ノア……」
「おじさん、ひどいや。ないしょっていったのに」
「ごめん。ノア。黙っていられなかった。ノアがユーリのことを思ってしたことだからユーリにはそれを分かって欲しいと思ったんだ」
ノアは内緒にしたかったのにと不貞腐れ、フィーはごめん。ごめん。と、何度も謝っていた。フィーはノアや、使用人達がこのことを計画したのだと暴露した。そのことでみなに気を遣わせてしまったのかと思った。
フィーが言うには、最近の私は表情が暗くて食事もまともに取っていなかった。その為、ノア達はいつか私が倒れてしまうのではないかと心配していたらしい。
そんなことになっていようとは全然、分からなかった。自分では普段通りに振舞っていたつもりなのに、周囲はそう見ていなかったようだ。
ノアの母親失格だ。そればかりか使用人達にも気を遣わせてしまっていただなんて。
「ごめんなさい。ノア。私、どうかしてたわ」
「……!」
ノアは、わあっと泣き出した。ノアは普段からとてもいい子なのだけど、自分の感情を抑えることはしない。素直に打ち明けて私に甘えてくる。でも、ここ最近はそれがなかったような気がしていた。ノアは相当我慢していたのだろうか?
「ノア、おいで」
「おかあさまぁっ」
ノアが私の胸元に縋りついてくる。義父からかん口令を敷かれていたので、屋敷では誰もノアに、父親が駆け落ちしたことを伝えていない。皆でお父さまは遠くにお仕事に行かれたのですよ。と、誤魔化してきた。
嘘はいけないと思うけど、皆が幼いノアに真実を告げるのを躊躇っていた。でも、薄々何かを察していたのだろうか?
ノアはひっくとしゃくりあげながら、おかあさまはどこにもいかないよね? と、聞いてきた。ノアは私が屋敷を出て行くのではないかと、恐れているようだった。
「ノア。大丈夫よ。私はどこにも行かないわ」
「ほ……ん、とう……に?」
「本当よ。私はノアが大好きだもの。ノアが嫌だって言ってもずっと側にいるわ」
「ぜった……い?」
「もちろんよ。この屋敷を出る事があったなら必ずノアを連れて行くわ。誰がなんと言ってもね」
あなたと別れる気はないわよ。と、言うと、ノアは安心したように瞳を閉じた。六歳の頭で色々と考えることは多いようだ。ノアのさらさらとした髪に触れ、つむじにキスを落とすと、「ぼくもおかあさまがだいすきだよ」と、返事が返ってきた。
こんなにも愛おしい存在を手放せる訳がない。ノアは私の子だ。血の繫がりなんか関係ない。ノア・ガーラントは私の息子なのだ。そう強く思った。




