18話・心配かけてごめんなさい
フィーがどこからか調達してきた馬車に乗せてもらって屋敷に近付くと、なかは慌ただしかった。門前に一台の黒塗りの馬車が止められている。ガーラント伯爵家の紋章が入っていることから、舅が乗ってきたものに違いなかった。
フィーは私を先に馬車から降ろしてくれたので、玄関に向かえば思ったとおりの人がノアと一緒にいた。
「あっ。おかあさま」
「ただいま、ノア」
「どこいっていたの? ぼく、しんぱいした。いまね、おじいさまがおかあさまをたずねてきたんだよ」
ノアが私に気がつき抱き付いてきた。腰ほどの身長しかない継子が、自分の腰に腕を回して上目遣いで見つめてくるのに、謝る事しかできなかった。
「心配かけてごめんなさい」
義父が自分を訪ねて来たということは、自分の今後にも係わる話だろうと察しがつく。まだノアには離婚の話も伝えていないのに、アントンが駆け落ちまでしてしまって、私一人ではもうどうしようもない所まできてしまっていることが情けなかった。
「お義父さま。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いや、今来たところだ。ユリカ、話がある。良いかな?」
「……はい」
義父の話の内容が容易に想像できて、心が重くなる。このままではいられないのだろうか? 貴族の浮気なんて珍しくもない話だ。なぜなら貴族の結婚は、結婚当事者よりも家長らの意思が優先される。家長らが取り決めている為、そこに本人の意思はないものだ。
でもユリカの結婚自体は幸せなものだった。夫は真面目で優しかったし、ノアは慕ってくれていた。使用人達も明るく気さくな者ばかりで人間関係も良かった。
この小春日和のような温和な日々が、いつまでも続けばいいと願っていた。ノアの笑顔や、アントンの温かな眼差しが好きだった。
「おかあさま?」
この可愛いノアと別れなくてはならなくなる? そう思ったらノアを力いっぱい抱きしめていた。
「ノア」
「おかあさま。どうしたの?」
もうこの子からお母さまと言われなくなる? そんなのは嫌だ。
「おかあさま。いたいよ」
「ああ。ごめんなさい」
「ノア。お母さまはお爺さまと大事な話がある。話が終わるまでおじさんと一緒に遊んで待ってようか」
力が入っていた腕を緩めたら、脇から声が上がった。フィーだ。馬車を置いてきたらしかった。
「おじさん。いいの?」
「ああ。何して遊ぶ?」
「う~んとねぇ」
フィーが身を屈めてノアに言うと、ノアは私から離れてフィーと手を繋いだ。それが何となく寂しく思われた。
「では大旦那さま。奥さま。応接間のほうへどうぞ」
フィーと仲良く話をするノアの姿を視界に納めて、私は執事のテオの促がしでデニスと共に応接間へと向かった。