15話・どこにでも虫は湧く
丁度その頃、陛下の執務室にある男が呼び出されていた。男は主の呼び出しに顔を顰めつつも、礼儀にかけることなく跪いた。男はガーラント将軍のもとに仕えながら、暗部の部分で活躍していた。将軍の右腕とも呼ばれている。
「陛下。お呼びにより参上致しました」
「やっと戻って来たか。風来坊」
「人遣いが荒い御方ですね。俺は久しぶりの休暇をのんびり消化しようと思っていたのに」
男は一国の王を前にして謙った態度を取りはしなかった。それに対して王は見咎める素振りも見せなかった。なぜなら男は王にとって親戚であり、親密な仲でもあったからだ。
「まあ、そう言うな。これでも悪いとは思っている。おまえの祖国のトロイルの動きはどうだった?」
「表面上は落ち着いていますが、まだ内紛のごたごたは残っていますね。俺達の後を追ってきた者は将軍が始末されたと聞いてますが、まだ諦めきれない残党がいるようです」
「おまえも大変だな。どうだ。この辺で覚悟を決めて将軍の後を継いだらどうだ?」
「冗談でしょう。将軍には後継ぎさまがいるではないですか? 余計な争いはしたくない」
「後継ぎさまか。あれは見目ばかり良くて融通の利かない、視野の狭い男だぞ」
「あなたさまがそれを言われますか?」
男がじっと陛下を見る。そこにはお前が言うなと責める目があった。陛下は素直に謝った。
「済まなかった。あの時はつい、舞い上がっていた」
「そうでしょうねぇ。惚れた女をものにして、その女の妹にすらその幸せを分け与えたいと願われるくらいにどうかされていらしたようだ」
「悪かったと言っている。いつまでその話をぶり返す気だ?」
男は陛下に呆れたような目を向けた。
「その後継ぎさまに要らぬ虫が言い寄っているようですよ。ご存知でしたか? 可哀相に奥方はそのことを知らない」
「……なんだと? あの堅物のアントンにか? そんな報告上がってないぞ」
「どこにでも虫は湧くものですよ。綺麗なものなら尚更ね」
男は可笑しそうに口元を歪めた。