12話・そうだ。姉を頼ろう
「おとうさまはね、しごとねっしんだって、みんないってるよ。おとうさまにあえないのはさみしいけど、このえたいのふくをきているおとうさま、かっこいいんだ。ぼくもおおきくなったら、このえたいはいるの」
「そうか。ノアは父が好きか」
「おかあさまもすきだよ。おかあさまはやさしくていいにおいするの。おとうさまがいなくてもぼく、がまんできるよ。おかあさまがいるからへいき」
ノアは目をきらきら輝かせて言う。ノアはなんていい子なの。
「ノアは、お母さまのことが大好きなのね」
「うん。おおきくなったら、ぼくおかあさまとけっこんするの。そしてこのえたいはいって、おかあさまをまもるんだ」
義母のマルゴットが微笑ましく私達を見ていた。その隣で義父がため息をつく。
「あいつは何をしているのやら。家庭をないがしろにしてまで仕える仕事か。そんなこと陛下は望まれてないだろうに」
「アントンさまはお仕事に忠実なのね」
義母は可愛い孫のノアに目を留めながらも、その父親を脳裏に思い浮かべているようだった。義父はこんなに可愛い息子がいながらどうしてアントンは屋敷に帰ってこないのかと、それを責めているようでもあった。
「そうは言っても、妻や子供が待つ屋敷に帰るぐらいの時間は取れるだろうに。屋敷に帰って来ないなら、あいつは身の回りのことはどうしているんだ?」
「それはアントンさまに頼まれて三日に一度の割合で、屋敷から侍女を送っております」
「あいつは面倒なやつだな。済まないな。ユリカにはこの家に嫁いで来てから迷惑をかけてばかりいる」
義父がすまなそうに言ってくる。義父は縁組が持ち上がってから、初婚である私が子持ちの男の妻になるのを申し訳なく思っていたようだった。
「お気になさらないで下さい。お義父さま。私はこの家に嫁いでこられて幸せでしたから」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
私の返事に義父は頷いた。夫のアントンは仕事人間で、屋敷にはなかなか帰ってこないけど、いつも側にノアがいてくれたから全然寂しくなかった。屋敷の使用人達は、皆が優しくて今の生活に私は満足していた。
このような生活を送れるのも、夫が仕事に精を出してくれるからだし、夫が屋敷に帰って来ないことぐらいで文句を言ったなら罰が当たりそうな気がしていたくらい私は幸せだった。
でもその暮らしもこの一週間で終わってしまうのだけど。
「ユリカ。どうした?」
「あ。いえ、何でも。私は恵まれているな。と、思ったもので」
義父は鋭い。私が夫から言い渡された離婚の言葉を思い出していたら、その変化を読み取ったように言うのだから。ここは居心地が良すぎて、義父達やノアにアントンから離婚を持ち出されたとは言いにくかった。
数時間を過ごし、ノアが疲れて眠くなってきたのをきっかけに、私は義父の屋敷を退出した。とうとう離婚の言葉を口にする事はできなかった。
どうしたらいいんだろう。
帰りの馬車の中で考え込んでいると、ふと五番目の姉のことが思い浮かんだ。私達が結婚するきっかけとなったのは姉の夫の思いつきからだった。そうだ。姉を頼ろう。私は屋敷に帰ってすぐに姉に近い内にお会いしたいと、先触れの使者を送った。