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100話・二人の父

「母上は言っていました。父上を恨むのは筋違いだと。父上は許嫁だった自分が妊娠をしているのに気がつき、その相手を問うこともなく責任を取って婚姻してくれた。それだけで感謝していると、それ以上のことは何も望まないと」


 アントンの母は、自分が未婚で妊娠したのを責めることなく結婚してくれたデニスに感謝し、その一方で罪悪感を抱いていたようだ。


「私は思ったのです。母が死ぬ時まで苦しめてきた相手に一矢報いてやろうと」

「それは違う。違うのだ。アントン」


 デニスはアントンが思い違いをしていると言った。そして陛下の方を見て言った。


「陛下。もうここまできたのなら本当のことを伝えてもよろしいのでは?」

「ああ。構わない」


 デニスは凪いだ目で陛下を見ていた。陛下と同様な目をしていた。二人ともいくつもの困難を乗り越えてそこまで到達したような感じが見受けられた。


「陛下はご存じだったかも知れませんが、妻がメネラー公爵令嬢の侍女としてトロイル国に渡って来た頃は、私達は幼なじみで婚約すら取り交わしてはおりませんでした。彼女に私は兄のように思われていたのです」

「……」


 私は初耳だった。アントンの亡き母と、元舅のデニスは許嫁同士だと思っていたから意外に思った。デニスは陛下にまず亡き妻と自分の関係性を話し、事情を知らない私達に語り出した。


「彼女に惚れていたのは私の方だった。幼い頃から図体がでかい私は周囲の子供らに恐れられていたから、臆せず声をかけてくれるのは彼女だけで、小鳥のさえずるような声で慕ってくれる彼女は私にとって、可愛くて放って置けない気になる存在だった」


 デニスは亡き妻を、いかに自分が大切に思っていたのか言った。アントンは黙って聞いていた。


「その彼女が向こう見ずにも、メネラー公爵令嬢の侍女としてトロイル国に付いて行くと言い出した時には心配で何度も止めた。でも彼女は意思を曲げずに行ってしまった。彼女の一家とは家族がらみで交流があったので、心配する彼女の家族の為に何度かトロイル国に足を運び、家族からの手紙や差し入れを渡してきた。彼女はリギシア国からメネラー公爵令嬢の侍女としてついてきたものの、初めのうち、宮殿の女官達に警戒されて風当たりも強かったらしい。誰も味方がいない中、たった一人だけいつも優しく気にかけて下さっていた御方がいた。それが当時のリアモス陛下だ。そこから妻は抱いては行けない想いを抱いてしまったのだと言っていた」


 アントンの亡き母はデニスを信頼していたようだから、報われそうにない想いを相談していたのだろう。でも、それはデニスにとっては聞きたくもない話だったに違いない。他の男を想っていると告白されたようなものだ。

 今のデニスはその頃の自分のままならなかった思いさえ、懐かしむように話していた。


「何度か会いに行くうちに、彼女が段々と塞ぎ込むような顔になっていった。王太子殿下が言い寄ってきて困っていると言う。お嬢さまを見初めて王太子妃に迎えたのにどうして自分にもちょっかいを出してくるのかと悩んでいた」


 トロイルの王太子殿下とは、リギシア国のメネラー公爵令嬢を見初めて自分の妻にと望んだ御方だ。メネラー公爵令嬢を王太子妃に迎えて夫婦仲は良かったと聞いているのに、浮気していたと言うことだろうか?


「そんなある日、彼女に悲劇が襲った。王太子に襲われそうになって部屋を逃げ出したらしい。そこを通りかかったリアモス王子に助けられた。そのことから彼女はリアモス王子への好意を隠しきれなくなり、想いを通わせあった」


 分かるような気がした。好きでもない男性に襲われかかったのだから、どんなに恐ろしく感じられたことだろう。そこへ好きな人が助けに現れたのなら、すがりたくなってしまうかもしれない。


「ところがリギシアとは違い、トロイルは政権争いで揺れている国だ。リアモス王子は第八王子で王位継承権からは遠いとは言っても正妃の子だった。何度か暗殺や毒殺で命を狙われてきた王子は彼女の身を思い、別れを告げてきた。泣く泣く別れた彼女は自分のなかに根付く命の存在に気がついた」


 淡々と語るデニスにどうしてここまで事情を知っているのかと疑問がわいた。アントンの亡き母から聞いたにしては、事細かに知りすぎていないだろうか?


「それがおまえだ。アントン。私はずるい男だ。彼女がその命を大事に想い、堕ろす気がないことを知りながら、その子を産みたいのなら自分を父親にしろと言った。その時は惚れた女性を手にする唯一の方法に思えたんだ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 100話達成おめでとうございます。 [一言] アントンが本当にトロイルの王族だったことに驚きです。 ということは、このクズが次のトロイル王ですか? それは嫌だなぁ~。 リギシア王の裁定通り…
[良い点] アントンが日に日にクズ度が増しているところ。 歳よりずっと精神年齢が若くて青臭い。 まだ13歳くらいなのかな? 成人するのはいつになるやら...。
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