表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/116

1話・離婚してくれないか?

挿絵(By みてみん)


「ユリカ。離婚してくれないか」

「えっ? いま何て?」




 それはある晴れた昼下がり。

夫と一ヶ月ぶりの夫婦水入らずの昼餐を楽しんでいた時の事。夫からさらりと言われた一言に耳を疑った。


 私達は結婚して三年目。男爵令嬢と、伯爵家子息の貴族社会ではよくある政略結婚。夫アントンは二十六歳。私、ユリカは二十一歳で彼の後妻。二人の間には、彼の亡き先妻が残した六歳になる一粒種の、愛らしい息子のノアがいる。

 政略結婚とはいえ、彼やノアとの仲は良好だったはず。それなのに離婚してくれないかってなに? 私達が別れたらノアはどうなるの?


「あの。アントンさま。私、いま離婚なんて言葉を聞いたような気がするのですが、耳がおかしくなったのでしょうか?」

「いや、きみの耳は正常だ。私はきみと離婚したいと言った」


 冒頭の言葉は聞き間違いなどではなかったらしい。アントンは真顔だ。私は頭の中が真っ白になった。

 アントンが私と、別れたがっている?


 彼はここの所、仕事が急に増えて屋敷に帰ってくる事もめっきり減ってきたし、夫婦の営みも二年ほどない。それでも優しくしてくれていたし、不満になど思ったことはなかった。

 納得がいかないとアントンを見返せば、整った顔立ちが一瞬、顰められる。濡れ羽色の黒髪に、意思の強さを感じさせる黒曜石の瞳が私を捕らえた。


「……私にどこか至らない点でも?」


 私達は使用人が気を利かせて設けてくれたバルコニー席にいた。食事を終えて私は丁度、食後のお茶を入れようとしていたところだった。


 アントンと初めて会った時、彼は私が入れたお茶を美味いと褒めてくれた。それが嬉しくて、それからは食後の紅茶はなるべく私が入れるようにしてきたのだ。夫のお気に入りの茶葉の香りが鼻先をくすぐる。湯気が夫との間に立ちはだかるような気がした。


 アントンは、将軍職にあるガーランド伯爵の嫡男で、いずれ父親の後を継ぐ事を約束されている身。現在彼は近衛隊総隊長を任されている。宮殿内の警備や、王族方の護衛など率先して行っているようだ。

その為、ほぼ毎日のように宮殿に泊まりこみ、この屋敷に帰ってくる事は少ない。忙しい人なのだ。こうして二人の時間が取れたのは実に一ヶ月ぶりだと言うのに、そこで出た会話が離婚話。私には納得がいかなかった。


「いや、きみには何も問題はない。ただ……」

「ただ……?」


 アントンは私には非がないと言ってくれたけど、何か理由があるみたいだった。否定しながらも口ごもる。逸らされた目線は肩の辺りで止まり、私のくすんだ灰色の髪を注視しているようでもあった。

 私がティーカップを差し出すと、それに伸ばしかけた夫の手が途中で止まった。


 私はやや赤味がかった灰色の髪に、こげ茶色した瞳をしている。ぱっとしない容姿のせいかなかなか縁談に恵まれなかったのだけど、五番目の姉が嫁いだ縁で、彼を紹介されて結婚に至った。華のある夫とは違って、地味な私が彼と結婚したときには、若い貴族女性達からやっかまれ相当不満の声も頂いた。

 もしかしたらアントンは、私の見た目を気にしていたのかもしれない。


 彼はテーブルの上で掌を開いたり閉じたりして、見ているこちらがじれったくなるほどに時間を置いてから「三年」と口にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ