第7話 新たな冒険へ
月日は流れ、一年が経った。
コレットは相変わらず問題児で、リーナは優秀な生徒だった。コレットは授業中寝てばっかりで赤点ばかり。何とかしようとリーナが一生懸命勉強を教えるもなかなか身に着かなかった。それでも何とか卒業試験を受けられるところまでこれたのはコレットの実技の成績の良さと、リーナの献身によるところだろう。
やがて、卒業試験の日がやってきた。魔法学校の卒業試験とは酒場で依頼を受けて達成するというものだった。
魔法学校の卒業試験は二人一組で行うもので、案の定誰からも相手にされず一人だったコレットにリーナが声をかけたのだった。
「街に行くって言うと、なんだかあの時を思い出すね」
「うん」
コレットが発言し、リーナがうなずく。
「リーナ、あの時みたいに森の中を通っていかない? 外に出る許可は出てるんだから、どこから行っても問題ないでしょ」
「うん? まあ、良いけど」何となく気乗りしないふうだがリーナは賛同した。
葉を落とし始めた木の下で、落ち葉を踏みしめながら、二人は歩く。
あの時とは違って怖くはない。
二人とも魔法学校の生徒であることを示すバッジをつけていて、日光に反射して輝いていた。
あの時と比べてなんだかずいぶん大人になった気がする。
でも、歩いてるとあの時を思い出す。二人で恐々と森の中を進んだあの日。そよ風さえ使い魔の気配かと思って、風が吹くたびに二人身を寄せ合って、恐怖の目つきで辺りを見渡していたあの日。
二人は街へ着くと昔来たときとは違って、人でごったがえず賑やかさに思わず目を細める。
露店の商人の掛け声。買い物客。貿易商。卒業試験に来た同じ魔法学校の生徒。
「ちょっと街を見てから依頼を受けに行かない?」
コレットが提案するとリーナは頷いた。
色々街を見て周っているとかつて泊まった宿屋の前に来た。
宿屋の前で二人は立ち止まって、宿屋の二階の、ある部屋を見上げる。
その部屋こそ、二人がかつて学校を抜け出してきた時に泊まった部屋だった。
コレットが懐かし気に言う。
「あの時はお金が無くて、二人で一つのベッドに寝たっけ」
リーナが静かに笑みを浮かべて、
「私、パジャマだった。大きなぬいぐるみを持ったままで」
しかし、リーナはすぐに顔を引き締めて、
「でも、やっちゃいけないことをした。それを美化したり懐かしんだりするのはどうかと思う」
「リーナも懐かしんでるくせに」
コレットが苦言なんてものともせずにからから笑う。
しばらく街を散策した後、酒場に入るといつかの掲示板で依頼の張り紙を吟味した。
「安全そうなやつにしよっか」
コレットの意外な発言にリーナが驚く。
「え、卒業試験ではぱーっとモンスターをやっつけるとか言ってたじゃん」
「いや、リーナが怖がるかと思ってさ。前みたいに」
「でも一応キャリアに響くよ? モンスター退治を卒業試験でやったことがあれば、それ系の依頼を受けやすくなるし」
「そうね……。でもリーナが嫌がる方が嫌だな」
「え、なんで?」
「だって昔、一緒に学校を抜け出した時、一人だと心細かったけど、リーナが一緒に来てくれるとわかった瞬間、心が軽くなったんだ。その時はあまり深くそのことを考えていなかったけど、でも今思えばピンチを乗り越えられたのもリーナが一緒にいてくれたからだよ」
その言葉を聞いたリーナは顔を赤らめたが、やがてぶんぶんと首を横に振って、
「私、大丈夫。コレットが行きたいって言う所ならどこでも行く」
コレットはなんだか丸くなったリーナに驚いた。いつも反対意見を述べていたリーナが、こうも軽く同意してくれるとは。
いや、丸くなったのは私か。私の気遣う態度を見てリーナも遠慮したのだろう。
リーナが力を込めて言う。
「コレット。私はいつもの自信満々で我が道を行くコレットが好き。だから、そのままでいて」
ここは期待に応えるべきところかもしれない。
「よし、じゃあモンスター退治引き受けよう!」
コレットはモンスター退治の依頼を探し始める。
「これなんてどう? スライム退治。スライムにくっつかれると何でも溶かされちゃうんだって。農作物に被害が出ているらしいわ」
「随分無難なのを選んだね。てっきりコレットのことだからドラゴン退治くらい言うのかと思った」
「ドラゴンが人を襲ってるならね。私、学校では劣等生だったかもしれないけど、一つだけアンナ先生から教わったことがあるんだ。魔法は人のために使うものだってこと。私一歩間違えば魔法で人を殺していたかもしれない。それをアンナ先生が止めてくれたことは今でも感謝してる」
「コレットが真面目なこと言ってる……。台風でも来るんじゃない?」
「失礼ね! 私を何だと思っているの」
「高貴なエルフでしょ。わかってる」
「あー、やっぱり馬鹿にしてるでしょ」
「してないしてない」
リーナが笑う。コレットもつられて笑った。
酒場は魔法学校の生徒でごったがえしている。テーブル席で酒を飲んでいる冒険者やあらくれ共が、その数に逆に圧倒されているほどだ。
コレットとリーナは依頼を引き受けた。あの時とは違い、魔法学校の生徒であることを表すバッジが二人に依頼を受けさせてくれたのだ。
二人は人混みをかき分けて酒場の外に出る。
アルコールの匂いが充満していた酒場から抜け出た先、街の中は良い景色だった。
酒場の正面には噴水があり、人々がそれぞれの思いでその縁に座っている。
「ねえ、ちょっと座って行かない?」コレットが噴水の縁を目で指し示しながら言う。
リーナも依頼に差し支えない程度にねと言って同意してくれた。
石造りの噴水の縁に座ろうとして、ふとコレットは噴水の中に目がいった。
そこには銅貨がたくさん投げ込まれていた。
横を見るとリーナも同じようにしていた。
リーナが言う。
「これって、お金を投げ込めば願いが叶うってやつじゃないかな。私、どこかで聞いたことある」
「よし、じゃあ依頼の成功を祈って」
そう言うとコレットは財布から銅貨を取り出し投げ入れた。
ぽちゃんと水しぶきをあげて、中をゆっくりと沈んでいく。
「私も」
そう言って、リーナも財布から銅貨を取り出し投げ入れる。
コレットが聞く、
「何をお願いしたの?」
リーナは耳の付け根まで真っ赤になりながら、それでも平静を装った顔で、
「内緒」と言った。
コレットは、ふーんまあいいやといった感じであまり気にしなかった。
二人が座り直した後、リーナがおもむろに口を開く。
「コレットは卒業したらどうするの?」
「そりゃ、冒険者になって大名声を獲得するのよ」
「そっか、私は実家に帰って魔法屋を継ごうと思ってた」
「思ってた?」
「うん、でも考えが変わった。コレットについて行く」
「え、勝手に決めちゃっていいの? 代々リーナの家って魔法屋なんでしょ?」
「でも自分の人生は自分のものだし、冒険が終わった後だって魔法屋になれるよ。それに……」
そこまで言ってリーナは顔を背けた。
コレットがリーナ? と不思議そうに呼びかける。
するとコレットの方を見ないままリーナがぽつりと言う。
「少しでもコレットの傍にいたいから」
それを聞いたコレットは目を丸くして、それから大声で笑った。
「私と一緒にいたら、自分の人生を進めないんじゃないの?」
「そんなことないよ」リーナがコレットの方に向き直り、力を込めて言った。
空は雲一つなく晴天だった。
行きかう人々が二人の会話を耳にすることもなく、コレットとリーナには二人だけの空間が出来上がっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学校グリーンフォレストの倉庫に、光り輝く剣がある。
かつての持ち主から没収され、謎の魔力が込められた剣として厳重に保管されている。
今その剣が、輝きを強くする。
新たな冒険者を欲して……。