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第5話 本当の友達

 「なんか匂うね」

 「お酒や汗の匂いだわ」


 冒険者たちが集う酒場の掲示板の前に小柄な少女二人がちょこんと立っていた。

 コレットとリーナである。リーナは服屋で調達した頭まですっぽりかぶれるフード付のローブを着ていた。パジャマ姿で出歩くわけにはいかなかったのである。もちろんお金がないのでローブの下はパジャマだったが。

 これから先、酒場で依頼を受けて報酬を得なければやっていけないと考えた二人は、掲示板に張り出された様々な依頼を吟味していた。


 「この依頼なんかどう? 街周辺の畑に出るモンスター退治。これが一番報酬が高いわ」

 「危ないんじゃない? モンスター退治だなんて」しぶるリーナ。

 「これがあれば大丈夫よ」

 そう言ってコレットは光り輝く剣を取り出す。

 「コレットがそこまで言うなら……、どうなっても知らないからね」


 コレットは依頼を受けにカウンターまで行って帰ってきたが、すぐにがっくり肩を落とした。

 「ダメだった……」

 「なんで?」

 「子どもに任せられる仕事じゃないって」

 「じゃあ別の依頼を」そこまでリーナが言ったとき、男が近づいてきた。


 ひげ面の熊のような大男である。酒を飲んでいるらしくアルコールの匂いがつんと二人の鼻をさす。

 「お二人さん。仕事が欲しいのかい?」その容姿に似合うだみ声である。

 「はい!」コレットが飛びつく。

 リーナがやめときなよと言った風にコレットのマントを掴み、首を横に振る。

 「丁度良い仕事があるんだ。お嬢さん二人にぴったりの仕事さ」


 結局リーナの止めるのも構わずコレットは依頼を受けた。コレットは酒場を出る男についていき、リーナも仕方なくついていく。

 「で、どんな仕事なんですか?」

 「それはついて見ればわかる」

 リーナはコレットに耳打ちする。

 「ねえ絶対おかしいって」

 「大丈夫大丈夫。何かあったとしてもこの聖剣が助けてくれるって。それに私、魔法使いよ」

 コレットが胸を張る。


 二人が着いたところは、倉庫のような場所だった。

 男は二人に説明する。

 「ここにいる鼠を駆除して欲しいんだ。二人とも見れば魔法使いじゃないか。魔法を使えば簡単だろ?」

 「うん、任せて」コレットが答える。

 「ちょっと待ってください」リーナが言う。

 「どうして私たちが魔法使いだってわかったんですか?」

 「そりゃ、お二人さんから魔力を感じるからねえ」

 魔力を感じる? その言葉からコレットも違和感に気づく。辺りを見渡すと、


 「ねえ、なにこれ?」

 コレットが足元を見ている。

 リーナも薄暗い倉庫に目を凝らせば、そこには……。

 チョークで書かれた魔法陣があった。


 リーナが気づく。

 「これ、獲物を捕まえるための魔法陣だよ。獲物が入ったら結界が張られて出られなくするやつ」

 「私たちを騙したってこと!?」

 コレットが男に向き直る。

 気が付くと男は建物の外にいた。ちょうど倉庫全体に大きく描かれた魔法陣の外に。

 「まあ、そういうことだな。俺もちょっとは魔法が使えるんだ。お嬢さんたちは見た目も美しいし高く売れると思ってな」

 「このゴロツキめ!」コレットが吐き捨てる。


 やがて魔法陣が光り始める。効果が発動してしまったのだ。こうなってしまったら、出ようと思っても出られないだろう。

 コレットは本当に結界が張られているのか確かめるために、魔法陣の端っこまで行って、握りこぶしを作るとうっすら見える光の膜を叩いてみる。

 キン、キンという軽い音がして、結界が確かに張られていることがわかる。

 音は軽い、しかしこの魔法は未熟な魔法使いが使っても、よほどのことが無ければ破れない使いやすくて強力な魔法だ。


 きっとそれをリーナも察したのだろう。普段は冷静な彼女が、抱き枕を抱きながら泣きじゃくっている。

 ぬいぐるみみたいな大きな抱き枕は、宿屋に置いておくわけにもいかずローブの下に隠して持ってきていたのだ。

 座りこんで泣いているリーナの前にコレットはしゃがみ込むと、彼女と目線を合わせる。そして頭をなでる。ふわふわのリーナの髪だ。そして母親が子どもに語りかけるように、

 「大丈夫。私に任せておけば平気だから」

 リーナは涙で赤くなった目をコレットに向ける。その視線には本当に大丈夫なんだよね、というメッセージが込められていた。


 「友情か。美しいねえ」それを見た男が嘲笑する、がすぐに真顔に戻り、

 「友情なんてただのお遊びじゃねえか。友達はいざって時に助けてくれねえ。だから俺は一人で生きてきた。これからもそうだ。」男は一息つくと、コレットたちの未熟さを咎めるように言う。

 「お嬢さんたちも大人になれ。助かるために友達を売るくらいにならなきゃな。今だって、そんなことしたくないと思ってても、本心では友達を売ってでも助かりたいはずだぜ。……そうだな、お嬢さんたちの偽善的な友情を見て気が変わった。どちらかが懇願すれば一人は助けてやる。俺は綺麗ごとを捨てる助け船は出したぞ」


 コレットは怯まずに男の顔を睨みつける。

 「あんたが友達にどんな恨みがあるのか知らないけど、私たちは酔っぱらいでゴロツキの説教を真に受けたりしないわ。それに、私はリーナを見捨てたりはしない」


 コレットは一度リーナの震える体を抱きしめてから、魔法陣の中央に立つと聖剣を抜いて、呪文を叫びながら男めがけて突進した。

 「アクティベイト、ホーリーソード」

 聖剣がいっそう輝く。

 これはかけだった。

 コレットが聖剣と読んでいるこの剣。この剣にどんな力が宿っているのかまだコレットは知らない。だから、この剣で現状を打開できるとは限らない。しかし、結界を破るのに他の方法がないのも事実だった。


 コレットは聖剣を魔法陣の外にいる男に力の限り振り落とした。

 余裕ぶっていた男の顔が、すぐに驚愕の表情に変わる。

 膜のような結界を切り裂いて剣が男の頭めがけて振り落とされたのだ。

 結界が簡単に破られるとは、男にとってこれは想定外だったに違いない。

 だが、聖剣は男の頭を勝ち割ることはなかった。寸前で止まったのだ。いや、止まらせられた。コレットは体一つ動かせなくなっていた。これは時間停止の魔法だ。


 「まったく、あなたは」

 声と共に現れたのはアンナ先生だった。

 「危うくあなたを犯罪者にするところでした」

 「アンナ先生!」コレットが驚く。

 そしてアンナ先生の声の調子に咎めるようなところがあると感じたコレットは弁解する。

 「でも、先生これは向こうが悪くて……」

 「あなたが悪くなくてもです」


 どうやら、時間停止の魔法はコレットと男両方にかけられたらしく、コレットはすぐに解除されたが、男はまだ驚愕の表情で石のように固まったままである。コレットは時間停止が解けた瞬間、重力で地面に叩きつけられて、しばらく地面で大の字に伸びていた。コレットは少し感動していた。さすがアンナ先生。先生なだけあって、強力な魔法が使えるんだ。


 「良いですか? 魔法は人助けのために使うものです。過去に道を誤った魔法使いたちを反面教師として今の魔法が成り立っているのです。魔法を使うものには高度な徳が必要なのです。そしてあなたたちはこれから無断で外出した罰を受けなければなりません。」

 アンナ先生は厳しいことを一通り言い終わると、頬を緩めて。

 「でも、無事で良かった。心配したのですよ」


 「コレット!」

 リーナが駆け寄ってくる。そしてコレットを力いっぱい抱きしめる。

 「怖かった。それ、ただの剣じゃなかったんだね。馬鹿にしてごめん」それだけ言うと顔をコレットの体に埋めてしまった。


 それからコレットとリーナは先生に連れられ学校に戻った。男がどうなったかはわからない。今でも石のように固まったままなのかなと思うと悪人と言えど不憫に思ったりしたが、後でアンナ先生に聞いたところによると、ちゃんと衛兵に突き出したのだそうだ。

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