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第3話 学校の外へ

 「で、それを信じろと?」

 ここは食堂、授業の合間に食事を取ろうとあまたの生徒でごったがえしている。その隅っこのテーブルでコレットとリーナはスパゲッティを食べながら話していた。


 「そう! 聖剣が私に語りかけてきたんだわ」

 「夢じゃないの? 信じられないなー」

 リーナが半眼で疑ってくる。

 「そんなことないわ! 高貴なエルフである私の力を見込んで聖剣も語りかけて……」

 「口元にトマトソースがついてるよ」

 リーナがナプキンでコレットの口元を拭く。

 「ありがとう……って、このくらい自分でできる。それよりリーナ、あなたどうして4人掛けのテーブルで私の横に座っているの? 狭いじゃない」

 「気にしない気にしない」

 リーナが自分のスパゲッティをすすった。


 それからコレットは授業中も食事中も掃除中も寝ても覚めても聖剣と冒険のことで頭がいっぱいで、常にぼーっとしていた。

 リーナいわく、コレットは冒険に恋しているとのことだった。


 リーナが授業中に隣の席からコレットの頬をつついても反応がなく、休み時間にコレット自慢の薄緑色の髪を魔法で黒髪に変えても反応がなく、コレットが食事しているとき激辛とうがらしの粉末を振りかけても特別な反応はなかった。コレットはどこか遠くを見るような目で、ゆっくりゆっくりと、機械的な動作でスープをすすっていた。リーナが構ってもらえなくてだんだんつまらなくなってきたころ、コレットの目が我に返ったように光り輝き始めた。


 「そうだわ。何も待つことなんてない。今すぐ外に出ればいいのよ」続けてコレットは言う。

 「結局みんな先生が言っていることを、その通りだと思って受け入れているけどさ、それなら、私たち、先生たちが思っている通りの人間にしかなれないよ。そんなの嫌だよ」

 リーナは一人熱弁するコレットをじっと見つめていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夜遅くコレットは、聖剣を握り、自慢の黒いマントをはためかせて、寮の外に出た。

 もうすぐ冬である。

 寮を取り囲む木々は葉を落とし始めていた。

 この森を抜ければ、正門を通らずに街に行ける。

 だが誰かが勝手に街へ出歩かないように鳥や猫、その他の動物たちからなる先生方の使い魔が見張っているとの噂だった。


 「よし、行こう」

 勇気を出すため、声に出して言うと光る聖剣をマントの内に隠した。

 ここから先はどんな危険が待ち受けているかわからない。使い魔に見つかるとどうなるのか、使い魔に見つかるということが、先生に見つかるということと同義語なら、そんなに怖くない。しかし、生徒達の間でまことしやかに囁かれるこんな噂もあるのだ。いわく使い魔に見つかったらその場で食われてしまうとか、魔法で石にされてしまうとか。そんな危険なものを寮の近くに放っておくはずがないと頭では理解しつつも、どうしても不安で仕方がなかった。


 コレットは恐怖を取り払うように首をふると、勇気を出して落ち葉を踏み分け歩き出す。

 「コレット!」

 自分の名前が突如叫ばれたことにより驚いて心臓が飛び出そうになる。

 名前が叫ばれた後は、森の中に音が吸収されるかのように何の音も無くなった。

 最初こそ、驚いたもののこの声には聞き覚えがあった。そう、いつも自分と一緒にいる。


「リーナ」


 振り返ると、パジャマ姿でぬいぐるみのような抱き枕を抱えたリーナがこちらに走ってくるところだった。

 息を切らして、コレットの元にたどり着いたリーナは胸に手を当てて息を整えると、コレットに言う。


 「一人で行っちゃ嫌。何で私を誘ってくれなかったの?」

 リーナがこんなに感情的に話すのをコレットは始めて見た。リーナは言葉を続ける。

 「口では出ていくなんて言ってても本当にやるとは思わなかった。だって今までそうだったもの。ねえ、私も一緒に連れってって」


 コレットはじっとリーナの目を見つめる。リーナの目は涙で濡れているのか、遠くの寮の窓から零れる光を反射して暖色色に光って見えた。普段の冷静なリーナはどこへ行ってしまったんだろう? コレットは考える。普段のリーナだったら、こんなことしたら停学になるぞとか言って叱るに決まっているのだ。それなのに連れて行けだなんて言う。


 でも、そこまで言うのなら。

 「わかったわ。付いてきなさい」

 リーナの表情がぱっと明るくなる。


 「じゃあ街へ向かって出発!」

 コレットは先ほどまでの不安が不思議と消えていることに気が付く。リーナが一緒にいてくれることが、これほどまでに心強いとは思はなかった。自分では自覚していなかったのかもしれないが、リーナはコレットにとって心の支えになっていたのかもしれない。


 森の中を歩いていると、時折がさこそと物音がする。

 その度にリーナは手に持った抱き枕ごとコレットに抱き着くのだ。きっと、例の噂を信じているのだろう。そのせいでコレットは歩きにくくて苦労したが、リーナに抱き着かれると同時に不安感が無くなり、勇気が出てくる気がした。


 きっと一人じゃないことが感じられてとても頼もしく感じたのだろう。

 基本的に人と交わることを好まないコレットだったが、今回ばかりはリーナがそばにいてくれて、とても嬉しかったのである。


 なんとか何事もなく街に着いた。しかし、森を抜けるのに時間がかかり、既に深夜になっていた。


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