女神様の宝石箱8
初めてチャレンジしたとはいえ、結構魔法と言うものの制御が難しい。
凍った水を溶かそうと温めてみればお湯になるし、再び冷まそうとすれば凍ってしまう。
四苦八苦しながら奮闘する事2時間。
「出来ましたわ」
水桶に満たされた冷たく透き通った水。
「苦労した甲斐がありますね」
私はアルの額からタオルを取るとその冷たい水で洗い、再び額に戻した。
そして、乾いた唇に脱脂綿を水で濡らした物を何度か充てる。
とても根気がいる作業を黙々とこなす。
魔法も制御が出来るようになり、その用途を部屋の掃除にまで回すようになった。
私は良くも悪くもやり込み派。
水の次は風と黙々と作業をするようにこなす。
だって、看病ってある程度患者の様態が安定すると暇になって来るんだもの。
何かしていないと眠っちゃいそうだし。
私の元へと侍女が食事を持って来る。
「ありがとう。え~と、エイミーだったかしら?」
そう問い掛けるとエイミーと言われた侍女が「はい。お嬢様」と返事をする。
この会話は実は5度目になる。
そろそろ別の返事が欲しいんだけど、これ以上を求めるには、まだまだ親密度が足りないようだ。
まぁ、私これでも悪役令嬢だからね。
そう簡単には行かないか。
そう思うとため息が出てしまう。
アルを見ながら自身の食事をする。
「そう言えば、アルの食事はどうしましょう。水も飲ませなきゃだけど、確か眠った状態での飲食は誤嚥につながるのよね」
「う~む」と悩みながら、まさかこのままではいけないと腰を上げる。
だって、もうあれから2日目になるのにアルは一向に目を覚まさない。
そろそろ何か食べないと、違う意味でリミットが来てしまうわ。
シェフに頼んで実のない栄養価の高いスープを作って貰う。
「起きないのなら、夢の中で食べて貰えばいいんじゃない?」
なんとも突拍子ない発想だったが、私は何故か出来るような気がした。
何となく、そこまでしなければアルとはもう二度と会えないような気さえしたからだ。
ここまで来ると魔法も何でもありのような気がする。
体重軽減魔法でアルを軽くして後ろから抱き上げる。
勿論、乙女な私は恥ずかしいわよ。
決して痴女じゃないからね。
それに、人命には変えられないから。
アルを背後から抱きしめながら心の中で言い訳をする。
一通り言い訳し終わると私はアルの夢の中へと意識をスライドしていった。
それも何故か漠然と出来ると思えたからだ。
夢の中へと入って行くと、何かアルに関係ある風景が見れるかもしれないと期待していたが、不思議と何もないモヤモヤな白い世界に入った。
そこに後ろ姿の一人の男が立っていた。
私はその男へと意識を飛ばす。
意識を飛ばすだけで近付ける。
夢とは楽なものだ。
私の気配を感じたのか、男は振り返り私を見る。
その姿に私は安堵する。
『アルだ』
どうやらアルの夢の中へと上手く潜り込めたようだ。
アルは此方に気付いたのか、現実では見た事のないような不機嫌な顔になる。
「ジュリアだったよね。何か用?」
とても冷めた言葉に胸がチクリとする。
「食事ですわ。熱が上がってから3日も食事を摂っていない。このままでは貴方死んでしまいますわ」
そう言ってスープをアルの手に乗せたけど
「別に私が死んでも君は困らないだろう?」
そう聞いて来る。
確かに、私は困らない。
けど、寝覚めが悪いしそんな事をしたら悪行が増えてしまう。
益々もって死亡フラグが高まるわ。
「貴方が死んだらきっと私も死ぬわ」
呪いで。
確実に善行を積めない。
そう思ってアルに訴えると、アルは呆然と私を見る。
「な……に言っているの?別に俺が死んだって困らないだろうに……」
何故か一人称が「私」から「俺」になっている。
「傲慢なお嬢様は、傲慢なお嬢様らしく俺なんて見捨てたら良いのに」
きっとこれが彼の本当の姿なのだろう。
何かに絶望してしまったのかもしれない。
そうでなきゃ、こんなに生きる事に意欲がない事に説明がつかない。
でも、こちらも自身の進退に関わる事なのだ。
絶対引かない。
そう思いアルを見た。
「貴方が自分をいらないなら、私が貰うわ。絶対生かしてやるんだから」
そう言ってアルの手を取る。
「勝手に死ぬなんて言わないでよ。私は絶対死にたくないんだから」
そうよ、呪いでネックレスが益々黒くなってしまう。
「はっ。君は馬鹿なのか?変わったお嬢様だね」
「それでも私は貴方を死なせない。私の為に生きてよ」
これ以上呪いが進む訳にはいかなんいだから。
死亡フラグになりそうな事は全力で阻止しなきゃなんだから。
「俺が生きるのが君の為?」
不思議そうにアルが私に問い掛けて来る。
「そうよ。だって私達、生きるか死ぬかの運命共同体じゃない」
まぁ例えが極端だけどね。
「貴方が死んだら私も死ぬんだから(呪いで)」
そう言ってアルを見ていたら。
「じゃあ。俺の生きる事に責任とってね」
そう言ってスープに口をつけた。
……意味が分かりません。
彼の言った意味を理解する時には、既に私が逃げられない呪いに掛かるなんて思いもよらず、その時は食事を口にしたアルにほっとするだけだった。
そして、それが私の新たなフラグなのだと気付くのは、大分経ってからだ。
もう賽は投げられたのだ。
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