女神様の宝石箱7
その後アルは大人しく寝ていた。
……高熱のせいで。
私の訪問以降何故か更に熱が出てしまい、一晩中デイビッド先生に看て貰っていました。
「先生、徹夜明けなのに……本当に申し訳ございません」
娘さんの住んでいる所まで馬車で半日ちょっと掛かる。
「馬車の中に私からのお祝いの品を入れておりますので娘さんにも宜しくお伝え下さい。それと」
そう言って一通の手紙を差し出す。
「近くにある我が家の別荘の執事に手紙をお願いしたいの、行く途中だから寄って頂ける?」
そう言うと先生は「賜りました」とおどけて言った。
いつも思うけど、変わった先生だと思う。
私の以前の態度でも、今の変化でも何も言わない。
「しかし、馬車までお借りしてしまい申し訳ない」
そう言うと私の手を取る。
取った瞬間先生の動作が止まった。
「お嬢様がいるから私は安心して留守に出来ます」
微笑まし気にそう言うデイビッド先生。
「道中お気をつけて」
私に一礼すると、先生は馬車の中に入って行った。
先生に託した手紙には先生宛の物も入っている。
1ヶ月の別荘での休暇。
次に先生に会う時は、乙女ゲームの話がスタートした後だ。
私は色々な思いを込めて、離れ行く馬車に手を振った。
馬車が見えなくなると、私は一つ息を吐く。
「さて、本当なら教会巡りをするはずだったけど……」
そう言って空を眺めた。
「アルの看病に行きますか」
別に協会巡りを約束していた訳じゃないし……。
全部回らなくてはいけない訳でもない。
それよりも人命第一である。
私は急いで部屋へ戻ると簡易な服装に着替える。
どこからどう見ても公爵令嬢には見えない。
ドレスを衣装部屋へ戻すと颯爽と歩き出した。
「病人の看病にドレスはいらない」
意気込み新たに、私はアルの居室へと向かった。
*******
井戸のそば。
そこは、若い侍女達の井戸端会議の場所……
「ねぇ。あのアルって言う青年の看病を、あのお嬢様がしてらっしゃるそうよ」
「え~っ!あの我が儘で面倒臭がりのお嬢様が!?」
「見たところ結構なイケメンだったのよね。カ・レ」
「最近、慈善事業をしているのも恋のせいかしら?」
それアルに会う前だから。
「有り得るわ~。あのお嬢様がね~」
「最近無駄に調理場に行くと思っていたのよね」
「恋は人を変えるって言うけど」
「きっとこれは禁断の恋なのだわ」
「「「きゃ~!!」」」
と要らぬ勘違いが生まれていた。
だってさ、おデブで高慢ちきなお嬢様に恋する人なんていないから……ね。
私は大きなため息を吐くと、水桶をそのままにアルの部屋へと戻った。
本当は新しく冷たい水に交換しようと思って井戸まで行ったのだが。
「とてもじゃないけど、割り込めないわ。仕方ないから魔法で水を綺麗にしてみようかな」
多分魔法は使えるような気がする。
本来の我が儘お嬢様は、普段の生活で魔法を使った事がない。
と、言うのも勉強嫌いだからである。
でも、ヒロインを王子達から引き離そうと色々頑張った結果、攻撃魔法とかは使えるようになるのだ。
それも、ほぼ全属性の攻撃魔法で。
……と言っても、そんな努力も虚しくヒロインの相手役の攻略対象に尽く阻まれてしまうのだから、もう当て馬的な悪役令嬢なのだろう。
そう言う意味で、私って報われないのだとつくづく思う。
アルの部屋へ戻ると水桶に「綺麗になれ」「冷たくなれ」と気持ちを込める。
正直言うと魔法のスペルなんて知らない。
だって、この我が儘お嬢様は何かと言うと勉強をサボっていたのだ。
スペルなんて知らない。
それに、ヒロインはショボい回復魔法しか使えなかったから。
つまり、ヒールオンリーになる。
攻略対象が使う魔法はオートだった為に分からない。
呪文も何も分からないなら仕方がない。
だから、ダメ元で念じてみたのだ。
念じてみると身体から何かが溢れるような感覚がして、それは徐々に手のひらに集まり、手のひらから温かい光が水桶へと走った。
「成功……」
思わず水桶を覗いて見る。
「……してない!!」
何故か水が凍っていた。
「これは制御が難しいかも」
そう言って看病傍ら魔法の特訓となったのは言うに難い。
お読み頂きありがとうございます。
また読んで頂けたら幸いです。